ゾイダーの屠龍さんから頂きました。ゾイドの戦記小説です。


永久の絆

真夜中の薄暗い、へリック共和国軍諜報部部長の部屋に怒声が響いた。
「話にならん!」
怒声と同時に振り下ろされた拳が机に直下型地震をおこさせる。
「どいつもこいつも欠陥共ではないか、今必要なのは人参を欲し馬車を曳く馬だ。こいつらは人参だけ欲して馬車を曳かんただの役立たずじゃないか!中佐!」
中佐と呼ばれた人物は、ついにある決断をし、その考えを口にした。
「オルデンドルフ少将、こうなったら緊急首脳会議を開き一刻も早くFを救出しなければ諜報部の存在自体が問われます」
「あの小娘…俺を左遷させる気か…事が表になれば俺と君の首が飛ぶぞ…」
「お言葉を返しますが閣下、Fをネオゼネバス帝国の研究所に派遣させたのはあなたの判断です」
オルデンドルフ少将は二か月前の自分にありとあらゆる罵詈雑言を叩きつけてから重い口を開いた。
「たしかに私の責任だが…あのデータを奪取されたと判断し、Fにデータの抹消を命じたのも私だ…そしてその欺瞞に気付いた時にはFはゼネバスの手に…」
「彼女の事ですから多少痛めつけられてもデータの件は自白しないでしょうが、彼女の妹を引き合いに出されたらどうなるものか…」
「急いで救出作戦を実行に移さなければ。だが、既に自白していたら骨折り損だな…」
「その件は救出作戦を成功させた後に彼女から聞き出すほか無いでしょう。それから閣下、実は私の知り合いに佐官学校の校長がいて、単刀直入に救出作戦を実行できる人材がいるかと聞いたところ該当する生徒がいるそうです。これが彼の履歴です」
そう言ってから中佐と呼ばれている男は一枚の書類をオルデンドルフに手渡した。オルデンドルフは何のためらいも無く、その生徒を自分達の失態の後始末をさせる羊にする覚悟を決めようとしていた。
「こいつは使えそうだ。だが、実行できてもなにか弱みかなにか無いと任務を遂行しないのでは?」
「その点は大丈夫です。その生徒はレイヤーという名の女友達が居て文通をしているので…」
「その女を人質にする気か…よかろう、私は緊急首脳会議でその案を提出し認可を得る。その間に中佐、君はその生徒を説得しその他必要な人材をそろえ、緊急で作戦を実行させるのだ…ただし、私の首だけは飛ばないようにしてくれ…」
中佐と呼ばれた男は名前しかしらないその生徒を哀れんだ。諜報部のミスで自分の運命が狂う事を…だが、自分に対する自責に念は無かった。

緊急首脳会議でもその生徒を道連れにする決定を下した。なんの哀れみも無く。いや、1人だけ哀れむ人物がいた。陸軍総統のビッカース・スピットファイアという男だ。
彼は共和国の英雄だった。第一次西方大陸戦争では共和国軍に緒戦の唯一の勝利をもたらした。アイゼンドラグーンの中央大陸侵攻では彼が中央大陸防衛軍の指揮官を務めていなかったら全く異なっていた結果になっていただろう。
そんな彼は共和国軍の無能な首脳部が今の結果を共和国にもたらしたと思っていた。メガレオンの配備に関して首脳部と激突し、彼が譲歩する形で配備が彼の予定より一ヶ月半遅れた。その結果アイゼンドラグーンの侵攻を完全に防ぐ事ができなかった。
戦争は必ずしも敵国だけとするものではなく、無能な上層部ともするもの―これが彼の信条だった。
そして彼は決めた。もしその生徒が生きてFと呼ばれる少女を連れて帰還したら必ず自分の手でせめてもの償いをしようと。

ここ最近、エンド・レオンハートは佐官学校でゾイドの操縦桿を握らせてもらえない。それが最近の不満だった。
代わりに操縦桿を握っているのは百式標的曳航機と呼ばれるレシプロ機―つまりゾイドでは無い。ただの飛行機械だ。
クラスメイトに愚痴を漏らすが、大抵軽く受け流されて終わりだった。
教官にゾイドの操縦に戻して欲しいと意見具申してもなぜか拒否されるばかりだ。
―嫌な予感がする。
そう思って昼食のミートボールを口に運ぼうとした時だった。
「エンド・レオンハート、特一等生はいるか」と無駄に声の高い教官に呼び出された。
「はっ、」とエンドは教科書に載せたいほど正確な敬礼で答えた。
「大至急校長室まで来い。ついてこい」
とても嫌な予感をしながら、クラスメイトが自分の昼食を食べるのを横目に食堂を後にした。

「ここ最近、百式の操縦をしてどうだね?」無駄に脂肪を蓄えている校長がエンドに問いかけた。
「良好です。ただ、後部機銃の訓練を受けていませんのでそこは自信が有りません」
「そうか…文通をしているようだが、軍機に係わる事はしてないかね?」
「検閲に引っ掛かるような事は書いていません」
「そうか…でも、非常に申し訳ないが…君は今日付けで懲罰部隊へ配属だ」
一瞬の沈黙が辺りを包んだ。
「思い当たる節は有りませんが」
「知らん、わしの権限では無く、上層部の判断だ」
「軽度、重度を問わず軍機違反は犯しておりませんが?」
「それでもだ、理由を説明する。それで勘弁してくれ。これが命令書」
―麗しき女囚を救出し、フロレシオ海で待つ戦艦エクスカリバーまで送り届けろ―
命令書にそうタイプされていたが、今一つ事態が把握できない。
だが、書類には作戦認可の文字と共和国の最高指導者のサインが有った。
「君が最近百式の訓練を受けているのも、この作戦のためだ。この作戦を成功させるため、南方方面軍集団は陽動のため総出撃する。艦隊も、航空隊も総動員する。そしてもう二人、囮として百式に搭乗し最短ルートで共和国勢力圏へ飛行する。つまり、君がノーと答えればこれらすべてが無駄となる。まぁ、ノーとは言えないよ。はっきり言って」
エンドが書類と校長を視線で何往復か移しながら「この彼女は何者ですか?そしてなぜ自分が?」と半分放心状態で尋ねる。
「君はネオゼネバスのキメラブロックス計画を知っているかね?」
「はい…たしか超重爆を優先するため白紙になったと聞いていますが」
「それが、完全には白紙にはしてないのだよ。だが二つ足りないものがあった」
「たしか錬金術分野の生体練成と自己判断に必要な超AIの技術が足りないと聞いていましたが…」
「本当に我が佐官学校一の優等生だよ君は。いや優等生だったの方が正しいかうん」
「お世辞は結構です。それで彼女はどちらの分野の技術者ですか?」
「技術者じゃない、諜報部のエージェント兼業でね。帝国がダミーの情報を流してそれを信じた諜報部のアホ共が彼女に調査をさせるべく派遣して…」
「それで待ち構えていた帝国に囚われたと」
「はい、正解。そこで君が助けに行くという訳でね」
(ノーといえば僕も消されて文通相手のレイヤーも…そしてこのエージェントも…)エンドはそう苦悩した。
「公式上では君は軽い軍機違反を起こして懲罰部隊へ配属。いやこの任務を成功させたら多分、ここに戻れるよ。うん」
「この娘は確かに助けなければ国防上問題だと認識できますが…」
「くどいよ、はいトドメ。命令する。」校長は一つ咳をわざとらしくした後―
「エンド・レオンハート特一等生に命ず。この任務に就き必ずこの娘を救出せよ」
答えは一つしかなかった。軍人は命令には背けないのだから…

本当にトントン拍子で全ては揃った。形式上に軍法会議が開かれ即有罪判決が下され、エンドの身柄は首都からクリスタル湾基地へ移送された。
「懲罰部隊427隊の隊長か…クソっ」
ただ任務を成功させるだけの機械と化したエンドは、タバコに八つ当たりしたが事態は少しも改善されない。
「おい、てめぇ待てよコラ」そう叫びながら水兵らしき下級兵がエンドに喧嘩を売って来た。
「おまえ共和国の427隊だろ、部隊名通り死ねやこらぁ!」
言うが早いか拳が顔面を直撃し、エンドを吹っ飛ばした。
抵抗する気は自然としなかった。蹴ったり殴られたりしている間、もうどうにでもなれ、いっそ撲殺された方がましだという気さえした。
「こら、シミズ!なにをしておる!」
水兵の上官らしい男が止めに入った。
「でもこいつ…」
「バカもん!」上官が水兵に拳を叩きこんだ。
「懲罰部隊だろうが一般兵だろうが同じ人間だ!貴様、艦を降ろされた八つ当たりをするな!さっさと行け」
上官が水平を退散させると上官が高級なタバコを勧めた。
「君の話は聞いている。大変だろうが、本官が君たちをゼネバス領へ連れて行ってやる」
エンドはタバコを受け取りそして火をつけてから「あなたの軍服は神聖イーリアス皇国のものですけれども…」とエンドは尋ねた。
「大丈夫だ、皇国の名に賭けて連れて行ってやる。ついてこい」
その男につれて軍港内をあるくと、とある艦が目に付いた。
「これは…甲型高速潜水艦朝日号ですか」エンドがぽつりとつぶやく。
「そうだ、これで目的地まで運んでやる。もっとも改造百式の訓練をしながらだが」
「改造百式?」
「百式標的曳航機の発動機を試作段階の荷電粒子式の発動機に換装した機体だ。それにフロートを取り付け作戦に必要な物資を搭載した特別機だ」
「重そうな機体ですね」
「確かに全備重量は増えて運動性は低下している。最高速度も大幅に低下したが航続力は化け物クラスだよ。さらに分解して潜水艦に搭載できるように改良されている。あと、それから君は今から司令室まで行かなければならん。気をつけて行きなさい」
「了解しました…あの氏名の方は…」
「マユズミ大佐だ」
「ありがとうございました。それでは、失礼します」
一旦別れを告げるとエンドは司令室まで急いだ。

司令室のドアをノックするとすんなり入室する許可が下りた。
「エンド・レオンハート元特一等生入ります」エンドは少し嫌味を込めて元の発音を大きくした。
「南方方面艦隊司令長官レイダー大将だ。作戦は全て聞いている。それから君は不用意に名前を名乗るな。コードネームEと名乗れ、Fと接触しても親しくするな。何か聞かれたらハイかいいえで答えろ。分かったなE」
「はい」
「私には敬語を使えバカ者!」レイダーが大声で叫んだ。
「申し訳ありませんでした」
レイダーはため息を漏らした後、「現地で他の隊員に名前を聞かれてもコードネームで答えろ、それからFの身内が君にあいたいとの事だ、面会するか?」とエンドに問いかけた。
「作戦に支障が無ければ」
「そうか…自由時間内に会ってくれ。案内は外に居る少佐の方に頼め、以上だ」
「了解しました。では失礼いたします」
エンドが退室して入れ替わる様にレイダー付きの参謀が入室してきた。
「気に入りません、大将」参謀が入室するなりエンドに対する感想を口にした。
「全くだ、あんな若造が…クズ共の集まりの427隊が共和国の運命を担うと思えば思う程腹が立つ」レイダーの拳が震えていた。よほど気に入らなかったのだろう。
「元をただせばFの失態ですが…」
「あの小娘が…あの若造共々消してやりたいが」
「良い案があります」と参謀は答えた。
それはFとエンドを地獄へたたき落とす案だった。それも天国から地獄への…

Fはこの任務を命じられた時から妙な不安感に囚われていた。
そしてそれは的中した。だからこの様な状況に会っているのだ。
―助けて―
この収容所に来て何回この感情を抱いただろうか。
「助けなんか来ないわよ、お譲ちゃん」
希望を断つかの様な宣告を告げられ、そして再び電撃が浴びせられる。
―私はもうだめなのかな、でも―
一度だけで良いから女の子らしい、白馬に乗った王子様に助けてもらえる夢にあってみたい―
そう願った。

エンドは生まれ変わった。
病院でFの妹に会ってから全てが変わった。それまでなんのやる気もしなかったが、姉を想う純粋な想いが陰謀に満ちたこの作戦に嫌気のさしたエンドにやる気を与えた。
一度位誰かの為になる事をしよう―そんな軍に入った頃の夢も叶うではないか―
ただの機械であるはずの百式もエンドの想いに応えようとするかの様に見事に動いてくれた。運動性も、不調である発動機もなぜか改善された。まるで、エンドの想いに応えるかのように。
そういえば、いつの頃だろう、まだ士官学校に在籍していた時だっただろうか―
―ゾイドが人の想いに応えるように機械もまた魂があり想いに応えるものだ―
たしか、入校したての頃、担任の教官がそう語った。
ただ、一つだけ不安がある。無事に任務を達成した後、Fはどうなるのだろうか。
何事も無く、という事は無いだろう。けれども、せめて1人の幸福くらい守って見せたい。
青臭くてもいい、カッコ悪くてもいい、だけど―
そこまで思った時潜水艦から非常通信が入った。

波の激しい外海で見事に百式を着水させるとすぐ潜水艦に収容させるべく、作業に取り掛かる。別にエンドまで手伝わなくてもいいのだが、少しでも早く潜航しなければならない。
―駆逐艦と爆雷を搭載したグレイヴクアマが接近しているのだ。
「収容作業完了!潜航準備急げ!」
怒声が飛び交う中、エンドは艦橋内に転がるように入室した。
「マユズミ大佐!」
「バカ者!防水扉を閉めんか!」
謝るより先に防水扉を閉めてからマユズミの元へ駆け寄る。
「気付かれたのでしょうか?」
「偶然だ、気付いたにしては数が少ない」
「ソナー音接近中!」ソナー員が叫ぶ。
「ボトム出来るか?」マユズミがソナー員に尋ねる。
「安全潜水深度を超えますが、本艦の経験上出来ます」
「やるぞ、潜水開始!」
「了解、潜水開始!」
警報と怒声が飛び交う中、艦と船員の運命を掛けた戦いが始まった。

ネオゼネバス帝国が誇るX級駆逐艦の艦長―ブルックス少佐は海面を舐めるように見ながら副長に話しかけた。
「先ほど電探に映ったのは飛行物体と潜水艦かね?」
「そのようです。おそらく本土空襲を狙った奇襲かと」
「俺の勘だが、あれはそんなチャチなものじゃない」
「では?」と副長が問いかけた。
「多分、特殊任務中の機体とその母艦だ」
「私が思うに共和国海軍の陽動作戦かと…機動部隊本隊の目を逸らすためにこうして沿岸部に空襲を掛けるためかと」
「その線もすてられんな…よし、爆雷戦開始!深度50メートルずつ、海底までバラまけ!」
「承知、水雷長爆雷戦開始!」
朝日号の艦長も今までの経験からして駆逐艦と潜水艦のチキンレースが始まったと悟った。
「駆逐艦の推進音感知」ソナー員が報告してきた。徐々に潜水艦にとって悪魔の足音であるスクリュー音が直に鼓膜に伝わる。
「爆雷が来るな…船員につぐ、絶対無音状態30分」
「了解」と各部署から返信がくるが、これはかなりきつい事で一分が一時間に感じられる状態だ。
「爆雷きます」ソナー員が小声で知らせてきた。
「落ち着け、爆雷は横や上方で爆発するのは怖くない。怖いのは下で爆発するものだ。それを忘れるな」
数十秒後、爆雷の爆発音が船内でも聞こえてきた。
「敵サンやるなぁ、こっちが動くのを待ってやがる…」
「青年」マユズミが小声でエンドに呼びかけた。
「どうしましたか」エンドも小声で返事をした。
「君が駆逐艦の艦長だとしたらどうする?」
そう聞かれてもエンドは陸戦しか詳しくない。それでも知恵を絞って考える。
「そうですね…爆雷を円形に捲き、その輪を徐々に縮め、直撃ないし至近弾を狙います」
「時間と爆雷があればそうするな、だが奴らも爆雷を無限に持っている訳じゃぁ無い。だがこの分ではこちらが先にゲームオーバーだ」
「では、どうしますか?」
「実はこの艦にはこういう時のためのダミー用の小型潜水艦…つまりわざと爆雷をそれに当てて燃料、衣服等それと今回は正規作戦時の艦載機星風の部品、爆弾を流失させるわけだ。もともと潜水艦の撃沈は判断が難しいのだよ」
「それはどの位搭載しているのですか?」
「一機だけだ」
「つまり、最終手段ですか…」
「そうだ、だがこの駆逐艦を欺かなければ全てが終わる」
「それは僕の作戦の為に…この後この様な事になったらどうするのですか?」
「君に賭ける」
短いそして長い沈黙が艦内に流れる。
「ありがとうございます。皆さんと生きて故郷に帰れるよう願います」
そして、最終手段は決行された―

海面から凄まじい水柱が発生した。
「うおぉ!」
X級駆逐艦の艦橋にいた全員がそう叫んだ。
「…おめでとうございます。撃沈です」副長が艦長にそう告げた
「うむ、これで通算五隻目…船員にワインを振る舞ってくれ。本艦はエース艦の仲間入りだ…船員にその旨を伝えたのち寄港する。航空隊はさぞ悔しいだろうが、まぁ、半舷上陸の際自慢してやれ」

「…ソナー音遠ざかります。おそらく本艦の撃沈を確信したのでしょう」
「一時間後浮上、前進を再開する」
短いやり取りのあと、朝日号は浮上し進撃を再開、翌日の晩、目的地へ辿りつくことになる。

「潜望鏡上げ」
マユズミは短時間で辺りの様子を確認すると嬉しそうな声を上げた。
「神風号も無事に辿りつけたようだな…青年」
「はっ」
「物資の揚陸は我々の最後の仕事だ。後はあんたに懸かっている。効果があるかどうかは分からんが言っておく、手空きの乗員、集合」
一糸乱れぬ動きで手空きの艦橋職員が整列する。
「貴官の武運を祈る」
「…僕も皆さんが生きて戻れる事を祈ります」
「ボートの準備ができました。こちらへ」水兵がきびきびと案内する。
エンドは名残惜しそうに敬礼で最後かもしれない別れを告げ、仮説基地のある洞窟へ去って行った。

2隻の潜水艦が去った後、懲罰部隊427隊の面々が集合した。
「最初に言っておきたい事がある」エンドはそう切り出した。
「僕達は消耗品じゃない、死ぬために戦う訳でもない。ただ、明日を掴むため戦う」
「隊長さん、そんな話より事態はもっと不味いことになっている」メガネをかけた男がそうきりだした。
「…えーと君は確か、ネル・アリゾナ君だったよね」
「俺の名前よりもっと重要なことだ。Fが別の収容所に護送される。もっと痛めつける為に」
―酷い話だ―とその場に居た全員が思った。
「当初の作戦どおりにはいかないわけか…仕方が無い、作戦を変更する」
「そんなことしたら不味いだろ。一旦本国に問い合わせないと…」ネルが諭すように口にした。
「そうしている間により警備の堅い収容所に移されたら僕達では手が出せなくなる。護送中を狙う」
「確かにそうだな…なんか案でもあんのか?」
「ここに来るまでにこうなった時の作戦を考えてきた。たしか無力化ガスの砲弾があったよね?」
「あぁ、確か4発あるぜ」
「それを地雷型に改造できないか?」
「別に構わないが、一個は実験に使うから実用化できるのは3発だ。でも、なんで地雷型に?」
「砲弾を打ち込む訳にはいかないからだ。そうしたら一発でバレテしまう。それから、護送部隊の内訳は?」
「歩兵部隊です」と痩せすぎの男が答えた。
「そうか、囮の百式搭乗員を残して護送部隊に奇襲をかける」
「Fがそのガスに耐えられるのか?」
「調べてみたのだが、効果は短時間で切れる。肉体的負担はほぼ皆無とのことだ」
エンドがネルの質問にそう答えた。
「それは良いとして、別に隊長さんまで行かなくても良いだろう?」
「Fを助けなければ僕の存在価値は無い。だから僕も行く」
「…地雷の設置等があるから行きながら作業は済ませる。隊長さんもこれを」
ネルはそう言い終わるとエンドにマシンガンを手渡した。
「よし、急いで向かうぞ」
明日を掴むための戦いの第一幕が始まった。

「護送部隊が接近します」
痩せすぎの男―キリト・エンハイムが双眼鏡を凝視しながらそう報告してきた。
「まだだ、地雷を全て作動させてからだ」
「隊長さん、こういう時の一分はなげぇな…」とネルがぼやいた。
「あぁ、そうだな。ネル、第一地雷を作動させろ」
「了解、安全装置解除」
遠目でみる限りまだ効果は表れていない。
「第二地雷解除」
トラックを囲む兵士達の歩みが遅くなる。効いているようだ。
「第三地雷解除、一分後に攻撃開始」エンドは二人に対してそう命じた。
喉が渇いて仕方が無いが今は我慢だ。
「…一分経過」キリトがそう告げた。
「ネル、キリト、援護頼む!僕が行く!」
エンドはそう告げるとマシンガンを撃ちながら崖を駆け下りていく。
少し遅れてネルとキリトも射撃を開始する。アタックゾイドには対ゾイドライフルが火を吹き、歩兵には手榴弾とマシンガンが浴びせられた。
だが、少し嫌な予感がネルとキリトはする。エンドの方も少し嫌な予感がするが今更攻撃を中止できない。最終兵器―無力化ガス地雷はもう無い、今諦めたらそれで全てが―427隊の命もFの命も消えてしまう。
多少意識がある者が散発的に発砲してくるが、狙いが不正確でエンド達に当たらない。
微弱な抵抗を排除して、Fを乗せているトラックの扉を開けた瞬間―
一発の銃弾がエンドの頬をかすめた。
「残念、かわいい坊やちゃん。さぁ、降伏しなさい」
言うが早いかその女は―Fに対して過酷な拷問を実行した張本人はーFに拳銃を突きつけた。
「どうしたの?このお譲ちゃんを助けにきたのでしょ?早く銃を捨てないとこのお譲ちゃん本当に殺しちゃうわよ。それから―」
女の形相が醜く変化した。
「援護射撃しているゴリラ共!あんた達も降伏しなさい!」
「…分かった」
エンドはそう言った後、銃を捨てた。ネルとキリトも銃から手を離した。
「さぁて、あんたには訊きたい事がたくさんあるから、素直にしゃべるのよ。さもないと―」
「この娘みたいにしてやるわ!」
Fの痛々しい姿がエンドの視界に入った。
「…げて」俯いているFが、か細い声でそうつぶやいた。
「逃げて!私はいいから早く!」今度は確かな声となりエンドの耳に届いた。
その言葉に反応して、女の平手がFを直撃した。女は意識を青年からFへと変えた。
その僅かな隙をエンドは見逃がさなかった。その間にポケットから小型拳銃を引き抜くと女に向けて発砲した。
その拷問官の人生はその瞬間幕を閉じた。

Fの拘束を解いてしばらくしてから、エンドはFを連れてネルとキリトと合流した。
「やばかったなぁ、で、そのお譲ちゃんの意識は?」
「脳震盪を起こしたみたいだ、命に別条はないだろうが当分目を覚まさないだろうな」エンドはネルにそう答えた。
「戻るぞ、増援が来たらやっかいだ」
「…戻るのはあんたとお譲ちゃんだけだよ」
「どういうことだ?」エンドが狼狽しながら答えた。
「俺とキリトは時間稼ぎのためにここで玉砕だ。そういう契約で俺とキリトは427隊に入った」
「ここにいるのは僕達だけだ、逃げてもかまわないだろ…」
「いや、ネルと俺が盾にならなければ4人とも死ぬ、2人、それも将来有望な人間と名も無い兵士2人の命だったらどっちを取る?」
「君達は名無しじゃない!君はネル・アリゾナ、24歳、そして君はキリト・エンハイム19歳、立派な人間だ!」
「隊長だってちゃんと名前がある、そのお譲ちゃんも名前があるだろう。等価交換だよ、俺とネルの命を代価にあんた達を助ける。そうすればただ消えるだけの命も価値が見出せる」
「だが…」
「もういいよ、行きな。未来が待っているぜ」
重い沈黙の後、エンドが泣きながら口を開いた。
「もし、僕が生き残ったら君達の事は絶対忘れない。そしてこの娘のことも必ず守る。約束する」
「…じゃあな、必ず二人とも生き残れよ。その代り死んだら地獄でぶん殴ってやるからな」

エンドとFが安全圏へ無事に脱出した頃、二人の兵士が消えていった。二人を守るように。見届けるかのように。
軍の公式記録には残らないが確かに人を救った英雄達の戦いだった―

仮説基地にエンドとFが戻ってきた。
「は~い、お疲れ様。これからこの娘の治療をするからね。のぞいちゃ駄目よ」
Fの身柄を427隊のメリアに託した後、エンドはふと思い、その考えを口にした
「君はこの娘に良く似ているね」
「うん、まぁ、影武者ってとこかな。私とクライドが囮になって作戦を成功させるの」
「そうか…すまない」
「気にしない気にしない、ささ、早くいった」
そうはいってもまだネルとキリトの死から立ち直っていないエンドにとってまた死人が出るのは相当なショックだ。
エンドは洞窟から少し出て、座るのに手頃な岩に腰を据えると1人で俯いた。
「吸うか」と囮となる百式のパイロットがエンドにタバコを勧めた。
タバコを受け取り、火をつけながらエンドは「君は…クライト・バーゼルだったな。なんでこの作戦に?」と尋ねた。
「簡単な事さ、金目当てだよ。ただ、生前贈与じゃなくて幼馴染が受取人だが」
「何でまた」とエンド。
「俺、その子が好きだけど告白できなくてさ…おまけにその子は父親の膨大な借金の返済で好きなもの一つ買えないんだ。俺、見ていられなくて今回の作戦に自分から志願したよ」
「君って良い奴だな」
「…幼馴染もおんなじことを言ってくれた事があったよ、その時は凄くうれしかったなぁ。それと言っておくが俺は必ず帰還する。だからそう深く考えるなよ」
「…あぁ、それから、メリアはなんでこの部隊に?」
「人を殺すのが嫌で、部隊のゾイド、携行火器、弾薬、燃料を全部破壊した罪でこの部隊に編入されたらしい。それから、あんまり詳しい事は訊かない方がいい。詳しく訊こうとしたらビンタされたよ」
そう言ってクライトは去って行ったがどう考えても彼は帰還できないだろう。でなければ囮の意味が無い。そして彼とメリアが死ぬのを待ってから出発する自分が酷く罪深く感じられた。
―失敗は許されない、Fを連れて必ず作戦を成功させないと…任務の最大の敵は飛行ゾイドだ、シュトルヒやグレイヴクアマが出てきたらまず勝てないが、クライド達が命懸けでそのリスクを軽減してくれる。問題は…仮に敵に見つかって派遣される機動部隊だ。だがこれは南方方面艦隊の迎撃が忙しくて派遣できない。となると最大の問題はアワムシマ駐在の対潜機動艦隊の空母マイケル・ホバートに搭載されているサイカーチスだ。あいつは訓練でかなり苦戦したな、おまけに今回はフロート付きのさらに重い機体…策はあるが、あの手は最終手段で一回しか使えない。Fの射撃が実質上の頼みの綱だが、彼女の動体視力等は傷ついた体でどの程度発揮できるだろうか…考えれば考えるほど不安だ。だけど僕は死ぬ訳には、いや、彼女も助けないと今回犠牲になる人たちに顔向けできない。だから、必ず作戦を成功させなければ…
眠れる獅子が目覚めようとしていた。

Fの治療は予定よりも遅れたものの、あと数時間もすれば目覚めるだろうとの趣旨の発言をするなりメリアとクライトは出発する準備を始めた。
「それじゃ、隊長さん、縁があったらまた会いましょう」
「エンドで良いよ」
「うん、それじゃ、また」メリアがまるで日常の挨拶の様に手を振る。
「頑張れよ、エンド」
「あぁ…」
「じゃ、セ連送の後に出発するんだぞ。幸運を祈る」
彼等が百式に乗り込む直前、一度だけ振り返った。
エンドはそれに対して最敬礼で見送った。
―数時間後、彼らの死を告げるセ連送が発信された―
「僕は無力だ…何もできなかった…だけど絶対あの娘だけは助けなければ…皆に顔向けができない」エンドはそう独り言を漏らすと愛用のタバコに火を付けた。

―願ったところで願いは叶わない―
ぼんやりと私を助けに白馬に乗った王子様が来たような気もするけど、どうせそれは叶い夢―
…ランプの灯り…?…ほのかにする磯の匂い…
自由に手足が動くし、治療もされている…
信じられないけど、どうやら願いが叶ったみたい…
知らないうちに涙が流れる。夢じゃない…本当に助けてもらえた…
嬉しかった。私…こんな感情になるの…いつ以来だろう…
上半身を起こすと本当に助かったと認識できた。
久しぶりに体の自由がきくし、惨めな衣装でもない。
でも、良く考えると…
誰かに私の裸をみられた…事になるのかな…
自分でも顔が紅くなってくるのが分かる。
知らない男性だったらどうしよう…
「あの…」
声のした方を見ると、私の知らない整った顔立ちの青年が立っていた。
私は無意識に立ち上がる。
「あ、あなたが…」いくら王子様でもこれはこれだ。
「いえ、これ…」弁解しようとしているが、問答無用。
「このえっチィ!!!」
その人におもいっきりビンタをした。

「さっきは本当にごめんなさい。私、勘違いして…」彼の頬にできた傷が痛々しくて猛反省する。
「いえ、よくあることですから」
よくあることじゃないと思うけど、許してくれそうだ。良い人だと思う。
「それより、出発しなければなりません。体の方は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。えーと…」まだ彼の名前を訊いていなかった事に気づく。
「エンド・レオンハートです。あなたは?」
「上司からはFと呼ばせるよう言われています。でも、さっきのお詫びの代わりに教えます」
「教えることであなたの立場が危うくなるようでしたら…」
「…大丈夫です。今回の件で私は…」
「すみませんでした」
「気にしないでください。私はフジワラ・ミユキと申します。助けていただきありがとうございます」
エンドが何か言おうとして止めた。訊かない方がいいと思ったので訊かないことにする。
「…そうですか、良い名前をもらえたのですね。では行きましょう。ここを気付かれたら終わりですから」
「あれでどこまで行くのですか?」私は素朴な疑問をエンドにぶつけた。
「あれは百式標的曳航機を改造したブルー・エンジェル号です。それでフロレシオ海で待つ戦艦エクスカリバーまで飛びます」
「そんなに飛べるのですか?」私は一応技術者だからそこら辺が気になる。
「部品の整備等を考慮しなければ半永久的に飛行可能です。燃料は空気中の荷電粒子を吸入しそれを動力源とします。ただ、部品が非常にデリケートなのであまり無理は出来ません」
「そうですか…説明ありがとうございます」
「いえ。では、出発します」
エンドはそう言うと私を後部座席に案内した。
「座席を挟んで中央部に物資が積んであります。僕との会話は左手にある伝声管を使ってください。機銃は尾翼を撃ちぬかない様、改造されていますのでその点は安心して撃てます。それから座席下に非常食を積んでいますのでイザというときはそれを食べてください。それでは今から飛び立ちますので安全ベルトをしっかりつないでください」
エンドが操縦席に座って少し経ってから伝声管から彼の声が聞こえてきた。
「準備は良いですか?」
「はい」
「それから、出来る範囲で良いので、見張りを頼みたいのですが、出来そうですか?」
「大丈夫です、視力は良いので」
「それは頼もしいです、では飛行します」
プロペラが回る音が少しずつ大きくなりレシプロ機特有の音と振動にかわってゆく―
岩礁をよけながら機体は結構なスピードで海面を滑ってゆく。
海面を蹴って飛行が始まったが予想よりスピードが遅い。
「あの」気になるので、訊くことにした。
「どうしました」と返事が来る。
「機速はこんな物ですか?」
「はい、元の機体よりかなり全備重量が増えていますので」
「そうですか」どおりで百式の割には遅い訳だ。
「大丈夫ですよ、それから今日は水上で一夜を過ごします」
「…お風呂は無理ですよね…」
「すみません、それは我慢してください」
当然の回答だけどお風呂入りたかったなぁ…

日が完全に沈む少し前に着水して岩場に機体を隠した。
「ご苦労様です、いまから夕食の準備をしますのでちょっと待っていてください」
エンドはそういうと素早く操縦席から出て中央部からいろいろとりだしている。
「手伝いましょうか」風防を開けながら私は問いかけた。
「大丈夫ですよ。いまゴムボートをだして…」
言うが早いかあっという間にゴムボートが機体のそばに出現した。
「飲み物はコーヒーがいいですか、それとも紅茶がいいですか?」
「緑茶はないですよね…」駄目もとで私は尋ねた。
「有りますよ」エンドがあっさりとそう答えたので少し拍子が抜けた。
「もう降りてもいいですか?」
「どうぞ、手を貸しましょうか?」エンドはそう言いながら私にむかって腕を伸ばす。
「ありがとう」
エンドの手を握りながら色々な事が頭をよぎった。人に手を握られるのって、いついらいだろう。
「保存食は…はっきり言って食べられる物ではないので釣りでもして魚を食べますか?」
「人の食べ物だったら何でも」とエンドに対し私は答える。
「じゃあ釣りをしましょう。やってみますか?」エンドが即答した。
「そんなに保存食は不味いのですか?」素朴な疑問をエンドにぶつけた。
「…食べ物じゃないと僕は思っています」エンドが顔をしかめた。
「じゃあ釣りをしましょう。何が釣れますか?」
「この辺りだとイサギという美味い魚がいるのでそれを狙って刺身にするのがいいと思いますよ。頑張って釣りましょう」
「はい」
「ところで、肝硬変とか肝炎はもっていませんか?」エンドが私に尋ねる。
「…ビブリオ・バルニフィカスを心配しているのなら大丈夫です。いたって健康に問題はありませんから」
「分かりました。あれは怖いバクテリアですからね…じゃあ釣ってみます」
エンドはそう言うと手早く釣りの準備をして釣り竿を海に向かって振った。

日は完全に沈み、ガスコンロの灯りと星灯りだけが辺りを照らしている。
私は二杯目のお茶を飲んでからエンドに「釣れませんね」と呟いた。
「今日は駄目かもしれませんが!」エンドはそこまで言うと急に海面に突っ込みそうになった。
「どうしたんですか」と言いながら私はエンドの竿を握った。
「きましたよ、後は任せてください。魚はさばけますか?」
「料理は得意です」
「それじゃ頑張って釣ります。すみませんがタモをとってください」
「…これですか?」私は虫取り網みたいな物を手渡す。
「ありがとう…じゃ、釣りあげます」
言うが早いかエンドは30センチ位ありそうな魚を釣り上げた。
「やりましたよ、イサギです」言い終わるとエンドはほっとしたような顔になる。
「紙皿とナイフを貸してください。さばきます」私がそう言うとエンドは手早くそれらを出してくれた。
「醤油はありますか?」私はそう付け加えた。
「確か積んでいるはずなので探します」
エンドが醤油を探している間に私は魚をさばく。長い事包丁は握って無かったけど腕の方は鈍っていない。
「有りましたよ」とエンドそう言ってから醤油のボトルを私に見せた。
それに対し私は「じゃあ、たべましょうか。ちょうどさばき終わったとこです」と返事をする。
小皿に醤油をたらし、二人揃って「いただきます」と言ってから食事を始めた。
「こんなおいしいお刺身初めてです」私は思わずそう口にしていた。
「えぇ、僕も初めてです。ワサビと白米が無いのが残念です」
「本当にその通りですね。」私は素直に同意した。

食事が終わるとすぐ寝る支度を始めた。
本当は1人で寝る自信が無い。夜はいつも女拷問官に酷い目に遭わされたから本当は怖い。
でも添い寝をしてくれとは恥ずかしくて言えなかった。
「本当に操縦席で寝るのですか?」察して欲しいという思いをほんの少し込めて、エンドに話しかけた。
「えぇ、婚姻前の女性と一緒に寝る訳にいきませんので」
仕方が無いから1人で広いゴムボートに仰向けで横たわる。
綺麗な星灯りだがそれだけでは不安感がぬぐいきれない。
2時間経っても不安感はぬぐいきれずとうとう恐怖心が勝ってしまった。
ゴムボートから左翼へよじ登ろうとした時だ。
足を滑らせ海に落ちてしまった。とっさにフロートにつかまるがこのままでは海にしずんでしまう。
「助けて!エンド!早く!」そこまで言うと完全に溺れてしまった。

エンドの方はミユキが落ちた時の音で目が覚めた。大慌てで懐中電灯を手に海に飛び込む。
(あそこか)
幸いなことにミユキは岩に引っ掛かってそれほど深く沈んでいない。
(間一髪だ、これは…)そう思いながら、エンドはミユキの落下傘を外した。
ミユキをゴムボートの上に助け上げて咳が治まってからエンドが口を開いた。
「一体なにをしようとしたのですか」
「ごめんなさい、1人で寝るのが怖くてその…せめて眠るまでそばに居て欲しくって…」
「気付かずに申し訳ありませんでした。今後は気を付けます」
「お願いします。あと、着替えの方はありますか?」
「幸いあと一着ありますよ。えーと」エンドは物資の中をあさり、ミユキの替えの服を取りだした。
「僕は後ろを向いていますので、着替えが終わったら呼びかけてください」
「はい、ちょっと待っていてください」
飛行一日目終了。

朝食は試しに保存食を食べてみたが、本当に人間の食べ物じゃないと私も実感した。
「こんなに不味いものが世の中に有ったのですね」
「はい…僕は佐官学校の野外訓練ではこっそりお菓子を持ってきてそっちを食べていました」
「見つかった事ありましたか?」
「はい、一度ですが。これでもかって位教官に怒られましたよ」
「じゃぁ、今回は持ってきて無いのですか?」
「こっそりとチョコレートとキャラメル、飴玉、金平糖、水あめ、チョコレートパイそれから…」
「もってきすぎじゃないですか」私は少し呆れながら、率直な感想を口にした。
「すみません。甘いものが好きなので…」
「そんなに食べたら健康上問題がありますよ。よく健康診断にひっかかりませんね」
「体重、血糖値、コレステロールその他、問題は無いと医者は言っていましたが…」
「とにかく食べすぎです。すこし我慢した方がいいですよ」王子様の健康を考えて私はそう口を動かした。
「…そうします。では、そろそろいきましょう。今日は午後から敵の哨戒の厳しいアワムシマ近海を飛行します。出来る限り迂回して低く飛び電探に引っ掛からない様飛行しますので見張りの方をよろしくお願いします」
「はい、分かりました。王子様」
「王子様?」
「なんでもない。ただの独り言」
今はまだ恥ずかしくて言えないけど。エンドは私にとって白馬に乗ってやってきた王子様に違いは無いから―

お昼を少し過ぎた位から雲量が少しだけ増えてきた。それと前後するかのように敵の哨戒ラインに私達は到達した。
空はとてもきれいな色をしている。よく「青の絵の具をこぼしたような」と揶揄されるけど、私はそんな風にちっとも思えない。綺麗な宝石みたい。
そう思った時だ―
4時方向に何か飛んでいる。目を凝らして見た後双眼鏡で最終確認をしてから、いそいで伝声管を掴む。
「4時方向にサイカーチスが飛んでいます!」
「落ち着いて、機数は?」エンドが私を落ち着かせる為にそう言った。
「一機です、私達に気付いて無いようです」
「念のため一旦迂回して進みます。少し機体を横滑りさせるのでしっかりつかまっていてください」
言うが早いかエンドは機体を横滑りさせて退避行動に移る。あっという間にサイカーチスは視界から消えてしまった。
「もう少しで危ないところでした。キツイかもしれませんが頑張ってください」
「はい」と答えたけど正直すこし眠い。天気もいいし、今までの疲れもあったから余計眠くなってきた。頑張らないと―

機体が急旋回して私は目が覚めた。
直後、爆発音がして何か―サイカーチスの破片が海に落ちていった。
「何があったのですか!」私はそう叫んだ。
エンドは答えず回避運動を繰り返す。
もう一回伝声管に向かって叫ぶ。
「いつの間にか敵機に囲まれていたんです!同志討ちで二機は落としましたが敵機はあと十機残っています!」
「ごめんなさい!私居眠りをしていて気付けなくて!」
「謝るのは後で!機銃で応戦してください!標準機から敵機がはみ出すくらいになったら撃って!」
直後、今までで一番急なロールがうたれる。
「かなり荒い操縦をします!安全ベルトは締めていますか!」
「はい!」
「それからもうしゃべらないで!舌を噛みます!あと耳栓を!」
私は機銃のトリガーを掴みながら安全装置を解除した。標準機からは敵機がたくさん映るがまだ届かない。
一機が最高速度で突っ込もうとしている。牽制位にはなるだろうからトリガーを引く。
レーザー光線が機銃から次々に発射される。それに驚いたのか敵機はロールをうって回避行動に移る。
その間に横に敵機がぴったりとつく。パイロットの残忍な形相が目に直接映る。
機銃をいそいで横に向けて撃つ。直後、敵機が落ち葉みたいに落下していく。
サイカーチスのパイロット達はそれをみてむきになったのだろう。今まで以上にしゃむに撃ってくる。
エンドが機体を急上昇に移す。一瞬、敵の動きが付いてこられなくなる。
敵機の内4機がフルスロットル―もしかしたらオーバースロットル…一時的にカタログデータ以上の出力をだして最高速力を限界まであげる…でついて来ているのかもしれない。私達にむかってくる。
エンドは機体を今度は急降下に移す。海面がどんどん近付いてくる。
激突しそうになってもまだ止めない。
ぶつかる!私はそう思って瞼を閉じる。
凄まじい衝撃が連続して起こる。それと並行して水柱が立つ音も複数聞こえる。
おそらく海面に激突する直前に機体を水平に戻し、ついて来られない敵を海面に激突させたのだろう。
瞼を開ける、私の想像したことが実際に起こったようだ。
すぐに周りを見渡す。残った敵機はあと5機もいる。しかもその内一機はサイカーチスパイロットのエースとして名高い「ガーゴイル」の紋章の入った奴だ。
エンドが機体を蛇行させて敵機の射線を微妙にずらす。でも、このままでは…
「大丈夫」
「えっ」突然エンドが話しかけてきたので驚いた。
「必ず君を守るから」
私が応えようとした時、敵のフォーメーションが変わった。
一機が頭を押さえて、三機が左右どちらに回避しても攻撃出来るよう展開する。そして残りの一機が…
「エンド、右から来る!」
私がそう叫んだ瞬間。
ついに被弾した。それもコックピットに。
私は無事だったけど、エンドは伝声管越しにでも怪我をしたと分かるほどの鈍い悲鳴を発した。
私が何度も呼びかけるけど、返事が来ない。機体のスピードも鈍くなってきた。
言葉にできない私の感情が、肺から、喉から、口を伝って湧きあがって来た。
「っ…あ、ああああああ!!!」
叫びながら私は機銃のトリガーを引く。
ターゲットは私なのに…なんでエンドを撃つのか。
―許せなかった、自分の無力さも非力さも…
そしてなによりエンドを傷つけたあいつらも…
機銃を派手に撃つ。私がここにいることを知らしめるために。
「はっ…でに…撃つな…」
一瞬で涙が出てきた。まだエンドが生きている。それが嬉しかった。
「君を必ず…生きて…妹さんに…会わせるから…」
「えっ」言葉につまってそんな言葉しかでてこなかった。
「僕は…家族が…いないんだ…クラスメイトが休暇で家に帰るのが…とてもうらやましかった…」哀しそうにエンドが語り始めた。
「ミユキには…帰りを待つ家族がいる…僕みたいに…寂しい思いには…させたくないんだ」
エンドはそう言うと10時方向へ半ロールをうった。
「君の…妹さんは…君の帰りを…待っている…だから…ミユキだって…会いたいだろ」
「僕は…この作戦で…部下を全員…死なせた…皆にも…家族がいただろうに…」
「もし、また部隊を指揮するなら…もう誰も死なせない…君も…でも僕は…」
「私はあなたに生きて欲しい!!」私はそう叫んだ。
「一緒に帰りましょう。待つべき人がいるところへ。もしエンドに待つべき人がいないなら…私がなるから」
「…ありがとう…ミユキ…」怪我をして辛そうだけどエンドが確かに嬉しそうにかえした。

「クソっ、何であんな怪我でまだ飛べるんだ!それもゾイド相手にあそこまで善戦して!」
「信念が、願いがあるからだ」そう私は部下に応えた。
(だが、何がそこまでさせる)そこが分からない。
1人の人間としてそれが訊きたい。
だが―燃料があと僅かしか残っていない。時間が掛かりすぎた。
「作戦中止だ、こいつは私が一騎打ちで仕留める」
「しかし大尉…」不満そうに部下が答えた。
「命令だ、母艦までもどれ、このままではらちがあかない」
部下が帰投するのを確かめてから、私は青い百式の横へ愛機をもっていく。
バンクを振ると、それまでこちらを正確に狙っていた機銃が所定の位置に戻る。
その僅かな間、Fと呼ばれている少女の姿が見えた。
話に聞いた通り黒髪の美しい少女だ。
私は無線周波数を共和国軍のそれに合わせる。
「青い百式のパイロット、聞こえるか?」
「あぁ…」
「重傷を負っているようだが…一騎討ちを希望する。私はハンデとして一回だけ攻撃する。受けるか?」
「勝てば…手を…引くん…だな」か細いが、確かに威厳が含まれている声だ。
「当然」私は手短に答える。
「大切な人を」少年がそう口にし―
「誇りをかけて」私はそう答え―
決闘が始まった。
百式が右へ逃げる、私も愛機の操縦桿を右へ倒す。
(スピードはほぼ互角…運動性は…彼の方が勝ると言ったところか…必殺の間合いに入るまでは撃てんな)
直線的な機動に入る、フルスロットルやオーバースロットルで逃げる気ではないだろう。彼はそんな卑怯者では無い。でなければ少女を引き渡して自分だけ逃げているだろう―
「木の葉落としでもする気か…だが」
百式の姿が消える。私はその瞬間、機速を落とす。
「私にはつうじん!」
私の予想通りの位置に百式の姿がある。
オーバースロットルで一気に間合いを詰める。射撃トリガーに指が動くがまだ撃たない。下手に接近したら後部銃座の良い的になる。よく見極めなければ―
「タカをくくっていたら死んでいたな、少年」私はそう独り言を漏らす。
「百式のパイロット、聞こえるか」
「見逃した訳でも話す気か?でも、僕もあなたが木の葉落としに気付いた事を知っていたよ…僕もあなたに訊きたい事がある」
「気付いていたわけか…それだったら私が機銃で撃ち殺されていたよ。何がそこまでさせる。その少女を引き渡せば君の命は助かるぞ」
「僕はもう…逃げない。罪からも、喜びからも、責任からも」
「1人の人間として目覚めた訳か…それでこそ戦う価値がある!」
少年がバレルロールをうつ、この間はさすがの私も機動が読めないから射撃が出来ない。
急に少年がバレルロールを止め、機速を上げ急上昇を始めた。私もスロットルレバーを上げてついていく。
「僅かな延命措置かそれとも何か策があるか…」
歴戦の私に何か…いや、気のせいだろう。少年は残念だが私に勝てない。なぜなら私も1人の人間だからだ。
昔、私は独りだった。だが、今では部下も居れば女房もいる。
「私も絶望から立ち直ったのだよ、少年」そう唇が勝手に動いた。
「少年、最後の質問だ。君の信念はなんだ?」
「もう、大切な人を死なせない事だ」
「残念だよ、その信念を撃ち砕くのは」
私はオーバースロットルで接近すると今度こそトドメをさすべく射撃トリガーに指をかけた。

その僅か少し前―
「ミユキ」エンドが優しく問いかけた。
「うん、分かってる。だから良いよ。でも」
ミユキは言葉を途中で止めた。エンドが何をするかもう彼女には分かっていた。
「私は大丈夫だから。でも無理はしすぎたらだめだからね」
「ありがとう、ミユキ。じゃあ…」
エンドは最終スイッチに手をやった。

私の視界にこれで最後の見納めであろうFの姿が写った。
本当に美しい長い黒髪の少女だ。彼女は今機銃の照準に私を写そうとしているがそれも無駄な事。
「さよならだ、勇敢なる騎士と愛しき姫よ」
そう思った刹那…
「なっ!!」
百式から投下されたフロートが私の愛機を直撃し、機銃だけを破壊した。まるで―いや、機銃だけを破壊する為の策だろう。
「まったく、立派なサムライだよ」私は久しぶりに武人として笑った。

機を水平に戻した百式の隣に機銃を潰された私のサイカーチスが並走する。
「きこえるか?少年」
少年が風防を開けて答えた。
「素晴らしい決闘だった。最後に少年、君の名を教えてくれ」
「エンド・レオンハート」
「私はスコット・バージル大尉だ、縁があったらまた戦場で逢おう」
少年が敬礼で私を見送るのを見ながら私は母艦へと帰投した。

「…なんとか退けたみたいね。エンド」
伝声管に呼びかけるが、応答が無い。
「どうしたの、ねぇ」
それでも反応が無い。
高度も落ちてきているし。嫌な予感がする。
おそらく意識が飛んでしまったのだろう。
「しっかり!このままじゃ二人とも死んじゃうよ!」出せる限りの大声で呼びかける。
「…めん」
高度はなんとか持ち直せたが、このままじゃいずれ…
「ずっと…しゃべってないと意識が…飛びそうなんだ。なんでもいいから…」弱弱しい声でエンドがそうきりだした。
「ずっとって、どの位?」
「フルスロットルで敵の哨戒圏を抜けて…不時着できそうな場所を見つけないと…」
「分かった、私も頑張ってしゃべるから」
「ありが…とう」
「休みの日はどうやって過ごしていたの?」
「午前中は自習して…昼は学校の近所にある…不味いけど人の良い店主の立ち食いそば屋で昼食を…とって…それから書店で本を買って…ゲームセンターで時間を潰してから…喫茶店で…チョコレートパフェとシロクマを2杯ずつ食べて…」声がか細い。大丈夫だろうか?
「甘いものの取りすぎよ。今度から少し減らさないと分かった?」
「考えとくよ…でね、その立ち食いそば屋の店主が本当にいい人で…いつもおまけに海老天をのせてくれるんだ…でも、いつも麺が…伸びきっていて…」
「どうしてオマケをくれるようになったの?」
「僕が…死んだ息子さんに…似ているから…だって…」
「良い人なんだね、写真とかを見せてくれた事とかあるの?」
「あるけど…確かに似て…いるよ」
「そうなんだ…もし犬と猫飼うとしたらどっちが良い?」
「猫…かな…黒猫が…好きなんだ」
「私も猫が好きなの。いつか飼ってみたいなぁ。それから、書店でどんな本を買うの?私は料理本をよく買うのだけど」
「僕は…地球文学が好きで…よく買っているよ…」
「ゲームセンターじゃ何をしているの?」
「クレーンゲームが…好きで…よくやっている…」
「私も好きで、妹に採ったぬいぐるみをあげると凄く喜ぶの」
「それじゃぁ…僕も…今度…何か採って…あげよう…かな」どんどん声が弱くなる。早く治療してあげないと…
「きっと喜ぶわ。だから頑張って帰らないと」
「そうだね…」
「喫茶店に行ってからはどう過ごしているの?」
「…スーパーで…一週間分のチョコレートとかを…買うよ」
「沢山買うの?」
「…そうでも…ないよ…高いけど…売店にも…売っている…から…」
「そうしていたら門限に間に合うの?」
「いつも…僕が…最後だけど…門限は守っているよ…」
そんな風な会話を七時間し続けたとき、ようやく不時着出来そうな島を見つける事が出来た。
すぐにでも着陸した方がいいのだろうけど、ここに帝国軍がいたら全てが無駄になるので丁寧に観察する。
「大丈夫みたい、小さいけど離着陸出来そうな平地もあるし、機体も隠せそうな森もあるわ」
「…念のため…もう一度…」
「分かった。だから頑張って、エンド」
「…すみま…せ…ん」
おそらく飛べるのはもうこれが限界だろう。だから確認しようがどうだろうがここに着陸するのは必然。
―神様、どうか悪い事が起こりませんように―
私はそう願った。

着陸は凄く正確にこなしてくれた。脚が壊れやすい百式の脚も折らずにすんだ。
「大丈夫エンド?」
返事が無い。急いで風防を開けて操縦席を覗き込む。
血だらけとはこのことだろうと思う程、操縦席は血まみれだった。
急いでエンドを抱えて機体から降りる。
本来命を守るはずの防弾ガラスが凶器と化して右上半身を中心に無数に突き刺さっていた。
機体を隠すどころでは無い。一刻も早く治療をしてあげないと…
中央部をあさって医療箱の蓋をあける、けど、消毒液も包帯も足りない。それ程酷い傷だった。
こうなってまでサイカーチスのパイロットと私の命を救おうとしてくれたのかと涙が止まらなかった。
ピンセットで防弾ガラスを引き抜くけど…痛いはずなのにエンドは呻き声一つあげない。
泣きながら治療している時に気が付いたけど、この医療箱は軽度の処置用の内容しか入ってない。
―もしかしたら緊急用の医療箱があるのかもしれない―
こういう非常時の為にどこかに収納されているのかも、と思った。
設計上この飛行機は水上で活動するから中央部に物資を搭載しているけど、非常時は陸上に離着陸するのだから、もしかしたら胴体後部のスペースに物資を積んでいるかもしれない。懐中電灯でそれらしい場所を探すけど見つからない。
焦っているからだろう。分かっているけど思えば思うけど焦ってしまう。
「神様、お願いです。どうかエンドを…初めて恋した人を助けるために力を貸してください」そんなことを呟きながら探しているとようやく見つける事が出来た。
開けてみると、医療箱が入っていた。急いでそれを手にエンドの居る所まで走る。
着いてみると出血はさらに酷くなっている。このままじゃ本当に死んじゃう―
危険だけど、医療箱に入っていた人造血液を輸血するしかない。
説明書を読みながら拒否反応を中和する薬品を注射する準備をする
これでショック死する確率を下げられるはずだけど―
あくまでも確立を下げるのであって最悪の事態の解決にはならない。
これでも最悪の場合死んでしまう。
そう思うと手が止まってしまう。
だけど…
今は賭けるしかない―
注射針を刺す前にアルコールで注射する箇所を消毒する。
手が震えるけど…刺した。
後はもうためらわずに作業をこなせた。
全ての治療を終えた後もう一度、神様に祈った。

治療を終えてもまだやる事はたくさんあった。
まず、エンドを寝かせる場所に私の毛布を敷いてさらに彼の毛布をかけさせた。次に機体を森に移動させてカモフラージュさせる作業を行った。
この飛行機を失ったら永遠に帰れないのだから丁寧に、そして色々計算をして木の葉や長い草で隠ぺいさせた。
それから操縦席にこびりついた血を丁寧に拭き取った。計器盤の高度計に至っては完全に血で覆われていた。これで、しかも薄暗い中正確に着陸させたのだからすごい。
あと地図も血で覆われていたがこれは私の座席にあったもので代用した。
書き込まれていた文字や数字も血で汚れていない所だけは私がそっくりそのまま書きこんだ。完全に復元したかったけど、ここは我慢してもらうしかない。
割れた風防も交換しておいた。その途中、私もガラスで怪我をした。とても痛かったけどこんなのエンドの傷と比べたらたいした物ではないだろう。
その他にも色々作業をして終わった頃には時計の針が深夜1時をまわっていた。
作業中は怖くなかったけど、終わってみるととても怖い。
慌ててエンドと同じ毛布に入って横になったらすぐ眠くなった。

朝、目が覚めても、まだエンドの意識は戻っていなかった。
このまま一生目が覚めなかったらどうしようと思うと凄く不安になった。
とっさに彼の脈を測ったが問題は無い。
もう少ししたら目が覚めると自分に言い聞かせていると置手紙を書いてから水浴びをする為に森の奥を散策しにいった。当然、護身用の銃は携行する。
置手紙に水浴びをするからそこで待っていてという趣旨の文章を書いておいたので彼が来るという事はないだろう。
森を散策していると、果物を見つけたので二人分とっておく。あんな不味い保存食を食べさせる気になれなかったからだ。
もう少し歩くと川に出た。
今すぐ飛びこみたい感情をぐっとおさえて水浴びをする準備に入る。
久しぶりのお風呂?だから思う存分満喫した。

操縦を誤った。
着陸地点を誤り湿地帯に降りてしまったからだ。
「しまったっ」と思った時は機体がひっくり返っていた。
なんとか操縦席からでて機体をみると、後部座席は完全に潰れていた。
いままでの全てを失った僕は大声で彼女の名を呼んだ―
目が覚めると体中が痛んだ。でも、どうやら今の出来事は、悪い夢だったらしい。
刺さっていたはずのガラス片は無く代わりに上手く捲かれた包帯があった。
ぼんやりとした記憶をたどると不時着したところで記憶が途切れている。
―ミユキが治療してくれたのかとぼんやりとした思考が頭を駆け巡った。
「よかったぁ!」と声がするなり彼女が抱きついてきた。
「夢じゃないよね!ねぇ!」ミユキが嬉しそうに問いかけた。
「はい、現実です」と答える。
「心配したんだから!」と言って彼女は泣き始めた。
彼女は5分位そのまま泣きながら微笑んでいた。

ミユキが採って来た果物を食べ終わってから二人は少しだけ眠る事にした。
飛行するにはもっと休んだ方がいいが、敵に見つかっては元も子もない。
「予定より遅いですが…出発しましょう」
「…明日のお昼には私達どうなるの?」
「出来る限りの事はします。明日を掴み取りましょう」
「…もう…会えないの?」
「それは生き延びた我々次第です。行きましょう」
本当は分かっていた、多分もう…会えないだろうけど、任務を達成しなければ427隊の皆が犬死になる。でも…
「行きましょう。僕の最後の任務です。戦艦エクスカリバーまでの飛行です」
飛び立ってしばらくの間、ミユキが寂しげに島を見続けていた―

会合予定付近の海面を僕はじっと見ていた。
フロートが無いのでサンゴ礁の上に着陸させなければいけない。
「いまから着陸しますが、かなりの衝撃が予想されます。しっかりつかまってください」
ミユキから返事が無い。
「…はい」ミユキの暗い声が返ってきたので心が痛む。
別れるのが辛いだろうけど、それは僕も同じだった。
着陸は上手くいった。これでもう後戻りできない。
「明日の昼ごろには迎えが来ます。それまで、自由時間です」
「私、このまま、ずっと一緒に居たい」
「最善は尽くします」
「エンドはこのまま別れてそれでいいの?」
「僕は階級すら有りません。今の立場では…」
「バカ!」ミユキはそういうと僕を操縦席から引きずり出した。
「私は一応階級があります。命令です」ミユキはそう言うと僕を抱きしめた。
「キス位してよね」
彼女の命令を僕は実行した。

翌日、戦艦エクスカリバーが僕達を迎えに来た。
内火艇が降ろされて猛スピードで向かってきた。
中佐の階級章を下げた佐官が僕達に銃を突きつけてきた。
「どういうつもりですか?」ミユキが怒りを込めて言い放った。
「どうするもこうするも、これも作戦の一環でね」中佐が同行している憲兵に命令した。
「この者共を拘束しろ!」

事態は最悪の展開を迎えようとしていた。
僕達はエクスカリバーの艦橋に連れてこられた。
「オルデンドルフ閣下、これは一体どういうことですか!」ミユキが怒鳴り散らす。
「君が超AIのデータを流した疑惑があってね」
「先ほどお渡しした書類に書いてあるように彼女は機密を守り続けました」
「エドワード君…だったかな、残念だけど我々はもう一度調べなおされなければならんのだよ。そして機密は守らねばならん」
「人の名前くらい覚えとけ!この作戦はミユキを拷問する国を帝国から共和国に移すための作戦だったのですか!それでは427隊の皆は何のために犠牲になったのですか!」怒りで手が震える。その振動で手錠がカタカタと音をたてる。
「あなたの判断でミユキは辛い思いをさせられた。そして今度は殺すと…」
「なにも殺すとは言ってないだろう。あくまで紳士的な取り調べをするだけだよ」
「あなたの様な人間が紳士的なことをするのなら、ミユキは辛い思いなんてしませんでしたよ。閣下」
「この若造…!もういい、二人仲良くあの世に送ってやる!」
オルデンドルフはそう言うと拳銃を取り出し銃口をミユキに向けた。僕は銃の射線にミユキをかばうように立ちふさがる。
「まずは死なない様、じっくり苦しめてやる。そして貴様の目の前でこの小娘からぶっ殺してやる!次は貴様だ」
ミユキがエンドにすがりつく。
―もう駄目か―二人がそう思った時だ、突然扉が開いた。
「随分酷い事をするな、上等兵」男はそう言うとつかつかと軍靴を響かせ颯爽と入室した。
「貴様、陸軍総統のビッカース…何の用だ!」オルデンドルフが吠える。
「階級を間違えないでくれオルデンドルフ上等兵殿」ビッカースは叩きつけるようにオルデンドルフが一番嫌いな言葉…上等兵という、昔不祥事をやらかした時の階級名をぶつけた。
「あんたの擁護者でもあったケルガー・サーベイト大総統は今朝亡くなったよ。代わりに私が大総統だ。諜報部も大総統直轄機関だったな。だから私は命ずる。オルデンドルフ少将はF事件の責任を問い軍法会議にかけた後、降格処分。階級及び指揮権をはく奪する。これで貴様も終わりだな、上等兵閣下」
オルデンドルフは悪あがきに事実確認をすると床にへたり込みがっくりと肩を落としていた。
「少年」ビッカース新大総統はエンドに声を発した。
「君の佐官学校の成績は非常に優秀だ。そこで君を大佐に任命し大総統直轄部隊、蒼風騎士団独立第三連隊の隊長に命ず。不満はあるかね?」
「ミユキはどうなるのですか?」エンドは一番心配している事を尋ねた。
「君の部下にしたまえ、任務達成の私からのお祝いだ」
「はっ、今回の件を糧にもう部下は死なせません」
「おもしろい、君には部隊編成に必要な権限を与える」
「この恩はいつか必ず返します。大総統閣下」
「期待しているよ、では、ブルー・エンジェル号にお別れを言って来い。最初の命令だ」
エンドとミユキは甲板に出ると、両用砲のそばに陣取った。
「いい戦友でした」僕は心からそう思った。 
「ありがとう、エンド。私、あなたがいなければ…」
「感謝なら僕以外にも427隊の隊員達にもしてあげてください」
「ええぇ、でも私、記憶が無くて…」ミユキはそう言うと軽く俯いた。
「じゃあ、教えます。覚えていてあげてください」エンドが優しい口調で話すと、ミユキは再び顔をあげた。
「はい」とミユキが応えてから、僕は回想がてら教えることにした。
「427隊ネル・アリゾナ兵長、24歳。メガネが特徴の頼りになる隊員でした。427隊上等兵キリト・エンハイム19歳。痩せていましたがちゃんと食べてはいたそうです。427隊一等兵クライト・ハーゼル18歳。幼馴染想いの優しい隊員でした。427隊二等兵メリア17歳。あなたとよく似た外見の医学に精通した女の子でした」
「私、沢山の人達に助けてもらったのですね…」
「でも、427隊の皆とブルー・ブルーエンジェル号は僕とあなたの心の中で、忘れない限り生き続けます。では、お別れを」エンドはそう言うと427隊の隊員とブルー・エンジェル号に最大限の感謝をこめて最敬礼を送りながら
「君達の名前は一生忘れない、ありがとう」と言い。
「さようなら、ありがとう、ありがとう」ミユキはそう言いながら泣きながら手を振る。
二人がそう言い終わると両用砲が火を吹いた。
二人に見届けられながらブルー・エンジェル号はその身を天に召された。

―春の空に咲いた恋と空戦の冒険記―

第二次Zi大戦が終結して百年が経過した。
終戦百周年の平和祈念として、各国の秘密作戦を題材とした書物が出版されるにあたり、私に「女神の涙」作戦の経過を執筆する様に言われてこうして筆を握った。
―麗しき女囚を救出しフロレシオ海で待つ戦艦エクスカリバーまで送り届けろ―
この作戦発起時の大総統が発したとされている、命令文句で始まった作戦は万難を排して奇跡的に成功した。
427隊の奇跡的な献身とエンドとミユキとの絆がこの困難な作戦を成功に導いた。
残念なことだがエンド・レオンハート大佐もフジワラ・ミユキ大尉も若くしてこの世を去っていたので不明確な点が多く、未熟な私が二人の日記を元に書いたため、このような駄文となってしまった。この点は二人にも読者に対しても非常に申し訳ない。
終戦に伴い、蒼風騎士団独立第三連隊は解散となり多くの隊員がその後行方不明となって聞き取り調査が不十分で今作は不明点が多くなってしまった。
サイカーチスの編隊との空戦をする描写があるが、幸いサイカーチス隊の1人だけが生存しており(この人物が誰なのかはその人から正体を明かさない約束で話を聞き出した)生々しい空戦の様子を聞く事が出来た。この時の百式の動きはあり得ないほど軽快だったとその人は語った。その人は「戦場ではあり得ない奇跡が起こるのだよ」と付け加えた。
エンド・レオンハート大佐指揮する蒼風騎士団独立第三連隊は誠に良く働き、数多くの作戦を成功させ、そして奇跡の連隊とよばれるとおりの部隊であり続けた。
二人が不時着した島は今でも謎だが、これはおそらく永遠に分からないだろう―
エンドはきっと今回の作戦の事をずっと覚えていただろう。
ミユキも永遠に覚えているだろう。
それだけで良いのではないだろうか?
二人の絆は永遠の物なのだから―

-完-

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