帝都防衛航空隊 最終話


数日前までが嘘のように思えた。
多分、誰もが同じだっただろう。あの日以来、戦いはやんだ。いまや首都では一発の銃声すら聞こえなかった。
我々と言えば、地下に潜み時を待つだけだった。

もはや地上の様子は分からない。下手に探れば所在がバレる。
交信など論外だ。いまや明かりさえ制限されている。
ただ一つ受信機だけは動いている。ゼネバス皇帝が帰還した時は、ここから音が鳴りそれを知らせるのだ。
その時こそ我々は再び動き出す。
しかしそれも早くて一年後。随分と長い休暇を与えられたようだった。

もっとも、腕を落とさぬように訓練は続ける。
持ち込んだシミュレーターでは最低限しかできぬが、暗黒大陸で訓練を積んだ兵に笑われぬようにしなければならない。
さて、シミュレーターの割り振りはどうするか。ここに居る兵の数は多い。
電力を制限する中、いかに効率化を進めるかは大きな問題だ。
しかしそんな思いは大きく裏切られた。

その日、技術部の男が私の側にやってきた。
首都技術部はエリートだ。なにしろ皇帝直属なのだから。
皇帝専用機やエース向けのカスタム機は彼らが手がけるのが通例だ。
実物こそ見た事がないが、私が首都に来る少し前にはアイアンコングを極限まで強化したMK-II仕様を開発していたらしい。
これはあのウルトラザウルスを追い詰めた事もあったという。恐るべき強化だ。
やってきた男は、そんな首都技術部の中でも所長を務めるドン・ホバート博士であった。
敬礼する私を軽く制し、博士は少し笑いながら話し始めた。
もう一仕事する気はないか、と。

博士は持っていた紙を広げた。
そこに書かれていたのは大型ロケットブースターを装備したシンカーの図面だった。
私はどういう事かと困惑した。
曰く、シュトルヒ改造の成果をシンカーに流用したらしい。航続距離はバレシアまで届くとの事だ。
それだけではない。ボディが大型化しており、中に20名程度の人員を乗せる事もできる。
これで運べるだけの人員をバレシアに届けたい――、博士はそう言った。

ゼネバス皇帝はバレシアから脱出して暗黒大陸へ向かう。そこで軍備再建をするわけだが、それは極めて険しい道になる。
経験豊富な親衛隊が同行すれば、その道のりはわずかながらも楽になろう。だから今からバレシアまで追いかけ合流するのだ。
あらましはこのような事だった。
それを達成するべく輸送機…すなわちシンカー改造の設計を完成させたらしい。

現在、地下格納庫に潜む兵は2000程。
シンカーは20機ほどある。そのうち10機を改造するらしい。つまり200人、1割の兵をバレシアに送る計算だ。
たしかに、これだけが合流して暗黒大陸に渡れば軍備再建にも大きく貢献できるだろう。

利点はそれだけじゃない。ここの人数が減る事はすなわち君、食糧事情の改善だよ。博士は笑いながら付け足した。
そりゃぁそうですが…、と言いかけた私を更に制する。
再び真面目な顔に戻り、博士は続けた。
バレシアには私も行く。君が持ってきた情報、ウルトラザウルスをも超える暴君竜型ゾイドの事なのだが―――、
真っ直ぐに目を見て断言した。
私なら更に完成度を高められる。しかも新型砲…、荷電粒子砲の構造を創る事も可能だ。

なるほど、確かに行ければ軍備再建も新型機開発も良いものになろう。
それは是が非でも行きたいものだ。
いやそれでも、下手に動けばここがバレる。それを抜きにしても、無事にバレシアに辿り着ける可能性は何割あるのか?
そもそも、シュトルヒ改造機はトビー・ダンカン以外には任せられない操縦の難があった。シンカーでもおそらくそうだろう。
それを飛ばせるパイロットは?

博士はその事についても語った。
まず地下格納庫の秘匿は問題ないらしい。
というのも、首都制圧の翌日には主力部隊は大慌てで北…バレシアに向かったとの事だ。
外の様子は伺えない筈ではないのか。いや、もはや探るまでもなく足音から明らかだったらしい。
そこで夜間に偵察員が地上に這い出した所、本当にその通りだったそうだ。
現在、首都には最低限の部隊しか居ない。
もはやここでの用は済んだ。駐屯する兵は、まるで休暇を楽しむようにあくびをしながら過ごしているようだ。
無論警戒は必要だ。だが、この様子なら密かにシンカーを改造して移動、そして発進させる事は不可能ではないらしい。

次に操縦性についてだが、改造シュトルヒの脱出を観測して入念にデータを採取したらしい。
それを反映させる事で幾分マシな仕上げにできたという。
まぁもちろんマシになっただけだが、キミの腕ならおそらく大丈夫だ。博士はそう言って再び笑った。

どうやら私はパイロットに予定されているらしい。全く名誉なのかそうじゃないのか。
しかも、私以外の隊員の了承は取れているらしい。パイロット、そして乗り込む人員まで決まっていた。
既に実行する気は固く、誰がどの機に乗るという割り振りまでされているようだ。
私は両手をあげた。
もはや腹をくくるしかないらしかった。
無茶を言う。だが、不思議な高揚感もあった。

10日後、シンカーの改造が完了した。
大型化したボディ、増設したロケットブースター。空戦型も凄かったが、それにも増して凄い姿だ。
ちなみに、脱出のみを目的にしているので一切の武装は撤去されていた。装甲も薄く、もはや皮と言った方が適切に思えた。
速度は空戦型と同じM1.6。大型化した分とロケットブースターを増設した分が相殺しあった結果だった。
20人の”荷物”はぎゅうぎゅうに詰め込まれた。居住性は一切無視されていた。

博士は私の機に乗った。
君が一番渋っていたからね、せめて運命を共にしよう。そう言って笑っていたが、彼なりの気遣いだろう。

聞いていた通り、共和国軍はもはやダレ切っていた。
シンカーの移動は全く問題なくできた。もはや運動会をしても気付かれないんじゃないかとさえ思った。
今のうちにせいぜい楽しんでおけばいい。

所定位置に移動し、そして離陸する。
レーダーを避けるべく、最初は超低空で飛んだ。
操縦は困難を極めた。操縦桿は固く言う事を聞かない。
左右のエンジンはバランスが微妙で、少しでも誤ればたちまちに墜落しそうだった。
敵のレーダーから逃れるべく、首都から100km程度はそのまま飛ぶ。
そしてそこから思い切り上昇。渾身の力で操縦桿を引き、何とか成功させた。

横を見ると全機無事。
しかし、この先も無事に済むだろうか。バレシアが近づけば、さすがに発見は避けられない。
大型化したシンカー、しかも防御力は皆無。もはやただの的では。
だが、もうやるしかない。やってみせる。祖国の為、そして自分自身の為に。

雲が増えてきた。機体が雫に塗れる。
構わない。むしろ喜んでいるだろう。シンカーは水のゾイドなのだから。

シンカー。思えば私は大半の時をシンカーで戦った。
最初は海で、次に海で。ノーマル、空戦仕様、輸送仕様…。シュトルヒにも一時期乗ったが、やはりこの機の割合は大きい。
私もシンカーも良く耐えたと思う。幾多の戦地に行き、数え切れない戦いをした。
戦いはこれから。それは確かだ。だが、戦況は一つの区切りを迎えていよう。
第一次中央大陸戦争、それをシンカーで戦い抜いた。私はその事を誇りに思う。

 

帝都防衛航空隊 完

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