帝都防衛航空隊 9
潜水作戦決定から9日後、準備が整った。
コンテナが造られ、15個のコアが丁寧に収められた。
内部は細かい区画に分かれており、一区画ごとにコアが入っている。
これは、もしトラブルが発生しても被害を局所で留める為の措置であった。
このような特製コンテナになった為、大きさの割に搭載量は少なかった。
その為、シュトルヒの設計図と更新した暗号の解読表はシンカー自身の格納庫に載せる事になった。
数千枚にも及ぶ量になったが、何とか収める事ができた。
この他、この作戦では極めて長い時間を潜る事になる。その為、多数の酸素ボンベも搭載した。
奇しくも、パイロットには私が選ばれた。
理由は、シンカーの水中航行とシュトルヒの空戦、その両方をできる者が他にいなかったからであった。
この作戦は、届ければ終わりではない。到着後、首都でシュトルヒの操縦を教える事も必要なのである。
マニュアルはあるが、それだけでは伝えきれない事も多い。やはり、実際にそれで空戦をした者が居る方が良いに決まっている。
かつて私はシンカー潜水部隊に所属していた。
そこから飛行隊に転属したのだが、その事が今になって活きるとは思っても居なかった。
あの頃、帝国はサラマンダーの登場を受け混乱を極めていた。
そこで空軍力の増強を図るべく、シンカー乗りの多くが飛行隊への移動を命じられた。
同じように転属した同機は多かったが、既に生き残りは居ない。私だけであった。
なぜ生き残ってこれたのだろうと思う。特に技量に優れていたわけではない。
ただ運は良かったと思う。墜落二回で怪我もなし。偶然に救われた事も多い。
撃墜数は多くない。いまだエースと呼ばれる数には達していなかった。
司令は、良いパイロットは帰還する者だと言った。
エースでも死んでしまえばそれ以上の戦いはできない。敵の侵攻を抑えるべく、できるだけ長く抵抗できる者が必要なのだと。
そう言って肩を叩き、私を送り出してくれた。
その言葉で全て納得したわけではなかった。やはり、撃墜数の多いエースに任せたい気持ちは残っていた。
それでも私は救われたと思う。
定刻が迫る。シンカーのコックピットハッチを開けて中の乗り込んだ。
一通り操縦を再確認する。そうしている内に、機内に通信が入った。
帝国の運命を賭けた潜水作戦。午後九時、暗闇にまぎれての出航。いよいよ作戦は実行の時を迎えた。
制海権を持つ共和国軍は、あちこちにウルトラザウルス、バリゲーター、フロレシオスを配置している。
だが今回の作戦に当たっては、さすがに入念な監視をした。現在、ウラニスクの沿岸に敵の姿はない。
万全を期しての出航であった。
静かにエンジンをスタートさせた。
久々に海でシンカーを動かす感覚が懐かしかった。操縦は意外なほどに覚えていた。
今ほど激しくはなかったが、潜水部隊でも命をかけた戦いを長く続けていたのだ。その感覚が蘇ってきた。
最初にシンカー、そして少し後に牽引されたコンテナが付いてくる。
海岸から1kmほど進んだあたりで潜水航行に移った。
敵が居ない事を確認しているのはウラニスクの沿岸だけである。
ここから先は、敵が居る前提で潜水して隠密を保つべきであった。
ただ、潜水しても万全とは言えない。
シンカーが最大潜水深度に潜れば、バリゲーターやフロレシオスから隠れる事はできた。
だが、ウルトラザウルスの高出力ソナーはその位置を暴いてみせた。
これに対する具体的な策はない。遭遇しないように祈るのみであった。
最大深度で進むシンカーは、今のところ何一つ問題なく順調な動きをみせている。
空戦時のシンカーは各部からミシミシと音が聞こえるが、今は無音で静かなものだ。
やはりシンカーは海のゾイドなのだと思った。
まだ先は長い。一旦、シンカーを自動操縦に切り替え休む事にした。
目を閉じるとこれからの事が浮かんでくる。
無事に運べたとしてどうなる。
しかし希望はあった。
パイロットに選ばれた時から、私はウラニスクにある全ての情報を知る権利を得た。
それは驚くべき内容であった。
ウラニスクで開発されていた新型機はシュトルヒだけではなかった。
現在、3種類のゾイドが完成に向けて全力で仕上げられているという。
一つ目は古代魚型の潜水艦ゾイドで、シンカーを遥かに越える潜水深度と攻撃力を持つ。
ウルトラザウルスさえ探知できない深度に潜行し、しかもそこから強力な魚雷を放てるという。
魚雷は大型で、数発を撃ち込めば轟沈も期待できる。
この機は、海でウルトラザウルスを駆逐し制海権を取り戻す目的であった。
二つ目は単弓類型の電子専用ゾイドで、ゴルドス大きく超える高性能機である。
全天候3Dレーダーと通信力、そして敵の索敵や通信を妨害するECM機能を持つ。
当初、ウルトラザウルスの脅威はキャノン砲と思われた。だが他にも様々あった。
その中の一つが優秀な旗艦能力でもあった。最適な指示を味方各機に出す事で共和国軍の強さは何倍にもなった。
だが本機が通信を妨害すれば、それをある程度防ぐ事ができる。
また、ウルトラキャノン砲の対策にもなった。同砲は射程が100kmにも及ぶ。
あまりにも遠距離射撃になる為、発射時には着弾観測機を飛ばす。
当然、これの通信も妨害できる。敵の命中率はかなり下がるだろう。
更に、強力なレーダーは高高度の飛行ゾイドも鋭く探知する。
これと連動した火器を作れば、プテラスやサラマンダーを対空砲火で墜とす事ができるかもしれない。
そんな期待もあった。
極めつけは三つ目であった。ゴジュラスを超えるサイズの暴君竜型ゾイドで、圧倒的な交戦力を持つ。
格闘戦でゴジュラスを寄せ付けない強さ、装甲にアイアンコングの二倍以上の厚さを確保し驚異的な防御力を実現する。
その驚異的な能力でウルトラザウルスをも倒せるという。
ただ当初は敵を部隊単位で消滅させる新型装備「荷電粒子砲」を搭載予定であった。
これについては開発期間を長く取る必要があり、とても間に合わないらしい。
その事は悔いが残るが、荷電粒子砲を除いても強力無比なゾイドな事に変わりはない。
とにかく首都へのシュトルヒ輸送を成功させて反撃、時間を稼ぐ。
その間に三種類のゾイドを完成させる。
古代魚型は敵の制海権に穴を開ける。
単弓類型は敵の指揮系統を乱し、また長距離砲撃能力を下げる。
そして暴君竜型が敵を破壊する。
こうすれば戦線を回復する事も夢ではない。編み出した秘策はこれであった。
気がつけば日付は変わり、午前2時になっていた。
操縦をマニュアルに切り替える。周囲の警戒をしながらゆっくり浮上した。
現在位置はマンクス海峡の手前。幸いにも敵の姿は見えない。
コックピットハッチを空けると冷たい風が心地良かった。
敵が居ない間にバッテリーの充電を行う。
道のりは長い。途中で何度かの充電をしなければ辿り着く事はできない。
今回は幸運にも敵が居なかった。果たしてこの先も同じように上手く行くだろうか。
一時間後、充電を終え再び海底に潜った。
時刻は3時。すばらくすれば徐々に明るくなってくる。それは敵の索敵が厳しくなる事を意味する。
今日は昨日よりも厳しい航海になるだろう。
昼間、何度か真上をウルトラザウルスが通り過ぎた。その度に、完全停止し海底で残骸のふりをして難を逃れた。
長時間の潜水でコックピットの湿度や温度は高くなっている。全身が汗で濡れた。
夜まではまだ長い。暗くならないと浮上はできない。
強烈な不快感、不安、そして孤独。頭がおかしくなる感覚にじっと耐えながら、ただただ時間を過ぎるのを待った。
そんな事を繰り返しながら3日、ようやく帝国首都に近い海域まで到達した。
もはやシンカーのエネルギー残量はわずかになっていた。
しかしそれにも増してまずいのは酸素残量であった。既にボンベは使い果たし、現在機内にある酸素が全てである。
時刻はまだ昼。暗くなるのを待つ余裕はなかった。
一か八か。私は浮上する事にした。
この際だ、このまま離水し飛んで中央大陸に入る。隠れられそうな所を見つけたら直ちに着陸、そして夜を待って本格的な行動を。
ここまで、幸運にも発見される事なく来る事ができた。
運はこちらに向いている。
大丈夫だ。そう自分に言い聞かせながら浮上した。
だがこの時、私は慢心していた。
これまで大丈夫だったから。そんな甘い事が何度も通用するはずはなかった。
浮上した私は、哨戒中のプテラス部隊の姿を間近で見た。
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