帝都防衛航空隊 1


夏の暑さがいよいよ厳しくなってきた8月、聞きなれぬ爆音に空を見上げた。青い機体が一機、遥か高空を飛んでいた。
マグネッサーシステムの効果で、巨大な翼が金色に輝いていた。
そのあまりに優雅な姿に、恐怖というより美しいという感情を覚えた。
これが長年に渡り我々を悩ませ続けた、サラマンダーとの初めての出会いであった。

私はエルンスト・ハルダー。
ゼネバス帝国の元空軍大尉で、中央大陸戦争で空の激戦を戦い抜いた過去を持つ。
これは私の第一次中央大陸戦争の回顧録である。

 

-帝都防衛航空隊-

 

サラマンダーの噂はかねてより広まっていた。
共和国が化け物じみた爆撃機を開発中である―――、しかし、帝国は現在の技術では開発不可能だろうと高をくくっていた。
はたしてサラマンダーは戦場に登場した。
航続距離や搭載量も優れていたが、何より多少の被弾はものともしない頑丈さ、そして並の対空砲では届かぬ高さを飛ぶ高高度性能が脅威だった。
当時まだサラマンダーという名は知れておらず、我々はそれをアイアンウイングと呼んで恐れた。

爆撃は狡猾だった。
敵は基地ではなく工場を重点的に狙った。その為、我が軍のゾイド生産量は激減した。

近代戦は物量戦だ。
無論、個々の性能でもある。だがいかに高性能の兵器でも、数をそろえぬ事には意味が無い。
我が軍はこの時期、単機として言えばレッドホーンを大きく超えるゴジュラスを相手にしていた。
それでも領土を侵されなかった理由は、ゴジュラスを倍するレッドホーンを保有していたからに他ならなかった。

しかし今や、帝国最大の脅威はゴジュラスではなくサラマンダーになった。
これを排除する事は急務であり最優先の課題になった。

この時、私はミーバロス海軍基地の第121シンカー潜水部隊に所属していた。
サラマンダーの脅威がいよいよ増してきた頃、我が部隊にもサラマンダー迎撃任務が通達された。

我々としてみれば無茶と言う他はなかった。
シンカーは空戦も可能なゾイドである。だが我々の任務は専ら潜水艦運用であり、アクアドンやフロレシオスと戦う事であった。
無論、飛ぶ事はあった。例えば空から進入する、あるいは攻撃後に空中に退避するといった事は珍しくなかった。
また、この頃は高性能新型機バリゲーターが増えてきた時期であった。同機を相手に、水中戦を挑んでは苦戦する事もあった。
敵部隊にバリゲーターが居れば、我々は飛べる強みを活かして戦ったものだ。
しかし我々が飛ぶのは、あくまで敵水上/水中用ゾイドを破壊する為の戦術でしかなかった。中高度以上に行く事などなかった。
空戦とは根本的に違うものである。

それでも、この時期シンカーは帝国にある唯一の空戦可能なゾイドであった。
わずかながらもサラマンダーを撃退できる可能性を秘めた唯一の希望だったのである。
その為、あらゆるシンカー部隊が運用状況を考慮せず対サラマンダー用に召集されたのは無理からぬ話だったのかもしれない。

だが召集された者として言うと、海軍の潜水部隊まで召集したのはやりすぎだったようにも思う。
当然、それは海軍力の低下を意味していた。共和国軍に制海権を譲渡する事であった。
シンカーは、帝国唯一の水上/水中戦用ゾイドでもあったのだ。
シンカー不在の海を共和国海軍は我が物顔で泳いだ。特に偵察部隊のフロレシオスは多く現れた。
元潜水部隊の我々は、それを唇を噛んで眺めていた。
制海権の明け渡し。これは後年のウルトラザウルス上陸作戦における帝国大敗北に繋がっているような気がしてならない。

ともかく、この時から我々は、ベテランの潜水パイロットから新米の空戦パイロットしてシンカーに乗る事になったのであった。

 

前途はとにかく多難であった。
サラマンダーは2万m程の高空を飛んでくるのだが、これが最大の難関となった。
シンカーの高高度性能は低い。元々そういう設計ではないのだ。
だからそこへ行く事がやっとという有様で、そこから攻撃を仕掛けるのは飛行時間が500時間を越えるベテランでも困難だった。

シンカーの最高速度は水平M0.9でしかない。対してサラマンダーはM2.0を誇る。
この時点で絶望的な差だが、高高度ではこの差が更に開いた。
サラマンダーは高高度でも能力を落とさず飛ぶ事ができる。
だがシンカーは浮いているのがやっとという有様で、速度はガタ落ちになった。

我々のレーダーはサラマンダーを100km程の距離で探知できた。
だがその直後にスクランブルをかけたとして、シンカーの上昇力では2万mに達するまでには15分もかかった。
ようやく高度に達する頃には、敵は爆撃を終えているという有様だった。

上官は非現実的な精神論を連日のように叫んだ。
だがさすがに性能差には気付き、大きな危機感を持っていた。だからシンカーの改良も始まっていた。

改良、というより空戦に特化させたと言った方が正しい。
シンカーの飛行能力が半端である最大の原因は、水空両用ゾイドという点に尽きた。
確かにこれは便利な機能だったが、こと空戦時には水中用装備がデッドウェイトになった。
事は急務を要した。
サラマンダー迎撃に限定するなら不要だろうという事で、水中用装備は全て外されシンカーは外観を一変した。
重量は6tも減り20tになった。
スクリューや水中用エンジンは外され、代わって中型の高出力ジェットエンジンが二基取り付けられ上昇力は大幅に改善した。

また、製造と整備の手間が大幅に増える事を覚悟で装甲の継ぎ目に目張りをした。
仕上がったシンカーは、まるでシームレス機のようになった。
考えうる限り、徹底的に手を加えた。これにより空戦力は大幅に向上した。

だが、これでもまだ不足していた。
そこで装甲の厚みをギリギリまで削り落とし、更なる重量軽減を図った。
その結果、重量は17.2tにまで減った。
この数字は後年登場し繊細で華奢な姿と称されたシュトルヒよりも軽く、まさに特筆すべき成果であった。
こうした努力の結果、最大速度はM1.6にまで向上し、高度2万mまでの到達時間は6分になった。
依然として不足していたが、何とかサラマンダー迎撃の要件を揃えられるだけのスペックとなったのである。

一方、この改造は向上だけをもたらしたわけではない。
装甲が薄くなるというのは、すなわち機体強度の著しい低下を意味していた。
元々、シンカーは装甲が厚く多少の被弾はものともしない堅牢さがあった。
だが今や、一発の被弾が命取りになる脆い機体に変わっていた。

操縦面でも厳しい制限が課された。
上昇や急降下の動きは全力でやっても問題ない。
だが急激な旋回や急降下からの引き起こし等、機体に激しい負荷のかかる動きは禁止とされた。
徹底して軽量化した機体は繊細で、激しい動きは空中分解に直結した。
格闘戦はほぼ不可能と言えた。唯一とれるのは一撃離脱戦法だった。
こうして、様々な問題を抱えつつも空戦特化型シンカーは完成した。

この改造、及び空戦型シンカーを量産するまでには8ヶ月を要していた。
サラマンダーの脅威はますます増し、いよいよ祖国は危機に瀕していた。
しかしこの間に、我々は空戦の訓練を何とか終える事ができた。
潜水パイロットは空中勤務に慣れ、もはやそれ以外は考えられない程になっていた。
そして我々は、いよいよサラマンダー迎撃に出撃したのであった。

 

空戦型シンカーといっても、必ずしもサラマンダーに勝てる事を意味しているわけではなかった。
それは最高速度からも明らかだろう。
しかもサラマンダーは昼夜を問わず襲来し、絶えず我々を肉体的・精神的に追いやった。
しかし警報が鳴ると気合一発、シンカーに乗り込み果敢に戦った。
また、シンカーはコックピットが共通コックピットと呼ばれる規格品である。その為、与圧室は備えていなかった。
我々は二本の酸素ボンベを背負い、電熱服というニクロム線を通した服を着て高高度の寒さに耐えていた。
これも気合という他はなかった。

基本戦略は、まず2万mまで一気に上昇してサラマンダーの上方に位置する。そして敵が下を通過する瞬間、一気に急降下しながら持てる火器を全て撃ちそのまま下に抜けるというものであった。
攻撃は必ず上方からと決められていた。前方や後方からでは、サラマンダーの豊富な火器が視界を埋め尽くした。
下方からの攻撃は更に厄介だった。どうやら自動追尾式の速射砲が付いているらしく、ここから近づけば例外なく蜂の巣になった。

サラマンダーの翼は、マグネッサーウイング特有の効果で常に光っている。
しかも巨大だから、昼夜を問わず目視による発見は容易だった。
この事は幸いと言えた。
余談だが、後年のシュトルヒはサラマンダーと似た“穴あき”マグネッサーウイングを備えていた。
その為、空戦時には誤認があり同士討ちが多発した。
かくいう私も、誤認からあわや味方機を撃墜しそうになった事があった。
各機にレーダーと連動した味方識別システムが搭載されたのは、ずっと後年のレドラーになってからである。
このは装備も貧弱で何かと苦労する事が多かった。

敵を発見したら、急降下で一気に加速する。その瞬間、重力がなくなり体が一瞬宙に浮く。
抑えられない原始的な恐怖が体中を襲い、思わず操縦桿にしがみ付いてしまう。
全力で急降下をしながらの攻撃。射撃のチャンスはわずか数秒だった。その間に搭載した全ての弾を発射する。

迎撃も、特に初期の頃は苦労した。
パイロットが必ず通過するのは、距離の誤りだった。
なにしろ、巨大である。シンカーの武装で有効なダメージを与えるには、300m以内の距離にまで近づく必要があった。
だがサラマンダーの巨大さは、目測を大いに誤らせた。
こちらとしては300m以内に近づいたと思っても、まだまだ倍以上離れているのだった。
好位置に付いても、有効弾を得ずに無駄弾を浪費しただけで終わる事があった。

攻撃後にも苦労があった。
サラマンダーは上に向けての火器がない。
従って攻撃する分には良かったが、その後に退避するのが危険だった。
なにしろ下側を抜けて逃げる。その時、自動追尾式の速射砲が猛烈な勢いで火を噴いた。
速射される弾丸は、大気との摩擦で黄色い光の線となって見える。
我々はそれをアイスキャンディーと呼んでいた。

初陣で距離を見誤った挙句、アイスキャンディーの餌食となる者は後を絶たなかった。
少なくとも3度の攻撃を経験しないと距離の間隔は掴めない。その間、アイスキャンディーの餌食になるかは運次第だった。
なにしろ、回避運動をしようものなら機体が空中分解するのだ。
できるのは、当たらない事を願いながら一直線に降下する事だけだった。
この試練を乗り越え生き延びた者だけが、サラマンダーとの距離を上手く測れる有効なパイロットになれるのだった。

 

(その2へ)

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