大口径突撃臼砲


ゼネバス帝国のEPZ-001“レッドホーン”は、その分厚い装甲と強力な火器で“動く要塞”の名を欲しいままにしていた。
無論、ヘリック共和国が誇るRBOZ-003“ゾイドゴジュラス”に抗し得るものではなかったが、厄介なのはその配備数であった。
比べれば恐らく3倍ほどは離れているであろうその配備数は、各地の戦場に頻繁に出没し、希少さゆえに重要拠点にしか配せないゾイドゴジュラスと対照的であった。

レッドホーンの火力は絶大で、特に背部に備えられた連装加速ビーム砲や3連電磁キャノン砲の威力は、共和国が誇る小型最強"ゴドス”を一撃でスクラップにした。
ゴドスでこの様なのだから、旧型のガリウスやハイドッカー等は、かすっただけで戦闘不能になる有様だった。
逆にゴドスの攻撃は分厚い装甲に全てはじき返され、全く以って歯が立たないものであった。

その厚い装甲を貫くものは、ゾイドゴジュラスの爪と主砲の76mm砲、ゴルドスの105mm砲、あとは要塞砲位のものだった。
レッドホーンの攻略…、しかも配備数の少ないゾイドゴジュラスを頼らない形で…、は、次第に共和国軍にとって急務となっていった。

しかしその為のゾイドは、今まさに産声を挙げようとしていた。
時にZAC2032年の事であった。

コードネーム“カノントータス”は、試験機を表す「X」のマークを脚部装甲に描き入れた状態で工場を出た。
夏の日差しを浴び、カノントータスの無塗装鉄色の装甲が、ひときわ輝いて眩しく見えた。
その装甲はいかにも分厚く、搭乗員から自嘲気味に「スープ缶並み」と呼ばれるゴドスやガイサックとは明らかに違っていた。
むしろそれは、ゾイドゴジュラスやゾイドマンモス等の大型重装甲ゾイドに匹敵するものに見えた。

しかしカノントータスで最も目を引いたのは、装甲ではなく、あまりにも巨大な砲であった。
目測でおよそ口径36~38cm程、しかし砲身長がやたら短く不恰好でもあった。
これこそがカノントータスの名称の由来でもあり最大の武器である突撃砲であった。

機体サイズに似合わぬ巨大な突撃砲は臼砲であったが、砲弾はロケット弾であった。
その為、比較的初速が高く、口径の割には命中率が良いものであった。また最大射程は6000m程度であった。
砲弾の重量は一発あたり300kgもあり、その威力はいわずもがなであった。

大型ゾイド並の強固な防御力と絶大な火力は、いわずもがな対レッドホーン用のものであった。

試作機はあわただしく性能テストをこなし、終了と同時に実戦テストとなった。
試作機3機で小隊を編成したのは、共和国陸軍の、ウィルソン少佐、ボーデン少尉、タイラー少尉であり、それぞれ5機以上の敵ゾイドを撃破した経験を持つエースであった。

 

夕方の西日を浴びながら小隊は進んでいた。
「乗り心地はどうだ?」
「4つ脚は安定性がいいですな、少佐殿。こいつぁ酔わなくて済みそうだ」
「安定性は確かにいいが…、機動性の劣悪さは何とかならんもんですかね。これじゃ砲撃位置に付くのも一苦労しそうですぜ」
「確かにそれはその通りだな。しかし今は砲弾を積めるだけ積んできてるからな…。カタログスペック落ちはやむないだろうな」

一応、カノントータスは120km/hの高速が出せる設計になっているが、それはあくまで砲弾を降ろし燃料も必要最小限しか搭載していない状態の話だ。
燃料を満載し、砲弾を積めるだけ積んだカノントータスの最高速度は、せいぜい60km/hにも満たなかった。
「ま、これだけ装甲を分厚くしてくれてるんだから我慢しよう……、と。ボーデン、タイラー、お客さんだ。エンジン出力落とせ」

小隊の前にレッドホーンの巨体があった。
「いいぞ…、どうやら単機だ。願っても無い状況だぜ…」
「各機、射撃位置に付け。見つかるなよ」
小隊は慎重にレッドホーンに近づき、3機ともレッドホーン側面に砲を向けた。
隊長のウィルソン機が側面前より、ボーデンが側面中央、タイラーが側面やや後方より照準を定めた。
「各機砲仰角そのまま…、さぁスクラップになるまで撃ってやろう。撃ち方よーい」
しかしまさにウィルソンが砲撃開始の命令を叫ぼうとしたその瞬間、突如レッドホーンの背中の加速ビーム砲と電磁キャノンが旋回し、小隊に狙いをつけてきた。

「くそっ、見つかった。全機撃ち方はじめっ!殺られる前に殺っちまえっ!」
レッドホーンの背の辺りが一瞬光り、小隊のすぐ側に着弾した。
その衝撃は地面を震わせ、大重量のカノントータスを一瞬舞い上がらせ、射撃体勢を崩した。

「散開っ!一旦体制を立て直せ!!」
「こんな事ならエンジン落としとくんじゃなかったぜ!」
重ゾイドであるカノントータスは始動が遅く、またエンジンがかかった後も、一気にフル回転に持っていくのは苦手だった。
そうこうしている内にもレッドホーンの砲撃は続いた。

「くそっ、射角が合いだした…っ」
その時、ウィルソン機の機体上部で激しい轟音と閃光が走った。
「被弾っ!?少佐殿……!」
激しい煙で視界は遮られ、隊長ウィルソンの状況は全く分からなかった。
だが小隊にとって最悪の状況であるのは確かだった。

「ちぃっ!喰らいやがれ…!」
タイラー機が反撃に出た。ようやくフル回転しだしたエンジンでレッドホーンの射線上から脱し、必殺の突撃砲の狙いを定めた。
だが………、
「やめろタイラーっ! 踏ん張らずに突撃砲なんか撃っちまったらっ…!」

ドンッ!!

凄まじい轟音と共にタイラー機から300kgのロケット砲が撃ち出された。
しかし十分な射撃姿勢を取っていなかったタイラー機は、突撃砲発射の凄まじい反動に耐え切れずに横転し、無防備な腹を天にさらす始末だった。
しかも安定した射撃を行っていないものだから砲弾は目標を大きく逸れ、レッドホーンのはるか向こうに巨大なクレーターを作るだけだった。

無様に脚をばたつかせ何とか起き上がろうともがくタイラー機に、レッドホーンは余裕をもって近づいてきた。
そしてその無防備な腹を、巨大な前脚で無慈悲にも踏み潰した。

「くっ…、野郎よくも」
生き残ったボーデン機は射撃位置に付こうとするが、レッドホーンがタイラー機に向かった事で射角がズレていた。
必死で旋回し、レッドホーンに砲を向けようとするが、劣悪な運動性能では全くままならない。
「こりゃ旋回式の砲等にした方がいいかもな…、最も正面以外に撃てるようにしたら確実に横転しちまうだろうがなっ…!」
悪態を付きながら何とか射撃位置を確保しようとするが、レッドホーンの運動性能は完全にカノントータスを上回っており、しかも旋回式砲塔を2つも持つレッドホーン相手では分が悪かった。

なぶるように至近弾を浴びせた後、ついに大地を蹴り、レッドホーンがボーデン機に突撃を仕掛けた。
「くそぅ…!」
思い切り操縦桿を切り、何とか強力な角を交わしたが、レッドホーンはすれ違い様に強力な尾の一撃を放った。
重量級のカノントータスは吹き飛びはしない。
だがそれは勇敢なエースパイロット、ボーデンを青ざめさせるに十分なものではあった。

しかしその時、ふいに無線が音を立てた。
「ボーデン機、聞こえるか。こちらウィルソン、これより敵に突撃砲をお見舞いする。爆発に注意しておけ…!」
「少佐殿!?無事で……、うっ!」
ボーデン機からレッドホーンを挟んで一直線上で激しい閃光が起り、突撃砲が発射された。
しかしウィルソン機から見たレッドホーンは真正面だった。
「突撃砲は…、ヤツの正面装甲をぶち破れるか…!?」

ドンッ……!!

重い音を立て突撃砲は見事命中し、帝国ゾイド最高の分厚さを持つレッドホーンの前盾を貫通、そのまま内部のゾイド生命体を突き破って大爆発を起こした。
体の中央に巨大な穴の開いたレッドホーンは、火花を上げながら崩れ落ち、二度と動かない鉄の塊になった。

「すげェ威力だ…」
ウィルソンもボーデンも思わず息を飲んでいた。

機体から降りた二人はレッドホーンの残骸を眺めていた。
「予想以上の威力でしたな。正面から貫通しちまうとは。…そにしても少佐殿、よくご無事で」
「あぁ、全くこいつは凄い防御力だ。直撃だったのにな…」
ウィルソンが指差した先は、砲弾を受け、大きくえぐれた装甲だった。しかしそれは貫通しておらず、内部メカを守りきっていた。
「しばらく停電した程度で済んだよ。内部損傷は皆無だ」
「さすがに機動性を犠牲にしているだけはあったという事でしょうな」

「…タイラーは?」
「………」
ボーデンは首を振った。
「そうか……、いや待てボーデン、あれを見ろ。タイラー機はまだ動いてるぞ」
ボーデンが驚いて見た先には、確かにまだカノントータスが短い脚を懸命に動かしてた。

「こりゃぁ…。少佐殿、俺はワイヤーを用意しますので機体の用意を」
タイラー機は回収用ワイヤーを付けたウィルソン機の牽引で、ようやく起き上がった。
「全く…、呆れるほどの防御力だな」
「さすがに踏まれた時は観念しましたがね」
「大した設計だ。さて、そろそろ帰ってこの戦闘の報告を済ませよう」

「少佐殿、報告には何と書きますか?」
「そうだな…、装甲と砲力は文句無いが機動力はやはりもっと欲しいな」
「よろしければ横転時に自力で起き上がれる能力も加えて頂けますか?」
「はは、違いない」

 

こうしてカノントータスの実戦テストは何とか無事に終わり、貴重なデータを残した。
尚、カノントータスに十分な機動力を与える事は装甲厚と砲からして難しいという事で、代わりに副砲として連装砲が二基備えられた。
これは敵の進路を妨害する目的で備えられており、敵の機動力を減じる事でカノントータスとの運動性能を相対的にを埋めるという発想であった。
加え、この年より帝国軍飛行ゾイドEMZ-19“シンカー”の活動も活発になってきており、それに対応するべく、連装砲は対空射撃も可能なように改良される事になり、また対空/対地用レーダーの装備なども行われた。

改良は予想以上に時間がかかり、ようやく改良が済んで量産が開始され戦場に登場したのはZAC2034年の事であった。
この時は既に帝国軍最強ゾイドはレッドホーンではなくEPZ-002“アイアンコング”になっており、カノントータスはレッドホーン以上の装甲と運動性能を持つアイアンコングを迎え撃たねばならなかったのは不運であった。
しかしながら分厚い装甲と強力な砲を持つカノントータスは幾多の戦場で味方を救い、また敵を悩ませる名機として、長年にわたり戦場に君臨してゆく事となるのであった。

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