ゾイダーの屠龍さんから頂きました。ゾイドの戦記小説です。


追憶の戦場

後方を走っていたネムリダ機が直撃弾を浴びて爆発、四散した。
これで私の所属する小隊は隊長と私だけになった。
敵は帝国の誇るエース、フランボウ・フォン・マルセイユ。
‘緋き死神,の異名を持つ帝国最高クラスのエースパイロットだ。
私達は敵から逃げていた。
一体どうしてこんな事になってしまったのだろうか?
そう-多分、グラスト中将の秘密を知ってしまった時から全ては始まったのだろう。
グラストが帝国と内通している事実を知ってしまった事が今回の原因だ。
彼は私達を道連れに消そうとしたのだ。
そして、今、私達は必死にその運命から逃れようと抵抗する。
とにかく今はそれ以上の事を思い出す余裕さえなかった。
思い出す?
何でそんな必要があるのか?
今はそれどころでは無い。
少しでも長く生きる為に必死になって回避行動に専念すべきだ。それは間違いの無い解釈だったろう。
もう燃料も危ない位少ない。
エネルギーも底をついて効果的な反撃は望めないだろう。
だから、私達は逃げる事しかできない。
もう会話をする暇さえ、今の私達には無かった。
気がつくと、黒く暗い森を抜けて、静かな谷間を走っていた。
そう-まわりの風景が変わった事に気付く余裕さえ今の私には無かった。
私は怖くて、無線で隊長にその事を伝えると、彼は優しい言葉で私を安心させようとしてくれた。
私が隊長の言葉に応えようとした刹那ー
敵機のビーム砲がミラージュのアタックブースターを掠めた。
暴発するのでは、と思い、私は半ばパニックに陥り、アタックブースターをパージしようとした。
しかし、もう暴発するエネルギーが無い事を思い出し、直前でパージボタンから手を離す。
もう少し、冷静になった方がいい。と考え直し、周囲の警戒を久し振りにする。
すると、今まで気付かないのが不思議だが、前方に分かれ道が広がっていた。
私は右に行くと伝えると、隊長は左に行くと言って、機体をそちらへ向けた。
そこで無線機から隊長の声が聞こえてくる。
「カノン、君は……」
「Bonsoir」淡々と、だが、地獄の氷が砕けるような恐ろしさを持った、緋き死神の声が割って入る。
私は隊長に返事をしようと呼びかけたが、応答がない。
その直後、左手から爆発音が?

そこで私はその世界から離脱した。
呼吸は早いが、汗はかいていない。その点はラッキーだ。
ベッドから上半身を起こし、毛布を跳ね除けながら、さっきの出来事が夢なのかを確かめる。
そう…半分夢で半分現実。
確かに私は数ヶ月前、夢と同じ体験をした。
あの時隊長が何を言ったのか、私は覚えていない。
そもそも、今は本当に現実なのか?
もしかしたら、まだ夢の世界の中なのかもしれない。
考える。
そう、私はゾイドのパイロット。
本当に隊長は戦死した。そしてネムリダも。
二人ともいい人だった。いい人は早く死ぬ、というが、その通りになってしまった。
今日から私は、新しい隊長の下で隊長の従兵として、この部隊を再建しなくてはならない。窓の外に目をやるとほんのり明るかった。夜明けが近いのだろう。そんなに眠った気はしないけど。
もう一眠りするか、起きてコーヒーでも飲もうかと迷ったが、前の隊長の事を思い出し、その記憶を再生する事に専念する為に再び横になる。
本当に優しい人だった。心からそう思う。
ゾイドの事が好きだったが、隊長はそのゾイドに殺された。
人が悪いに決まっている。
でも、私は忘れない。
緋い死神の駆るバーサークフューラーの機影を。
そこまで思ったら、急にこのどうしようもない、くだらない現実世界が私の中に忍び込んできて、隊長の事などが急速に消散していく。
それは、私の中では如何なる信号に変えることは出来ない。故に滑らかに消えて薄れていくのだと思う。
ところで、私が寝ているベッドは本来私のベッドではなく、共同のベッドだ。
そう思うと寝る気が無くなった。
他人が使った事のあるベッドで寝るのは、私は苦手だ。
本来なら我慢出来ない事だが、今の世の中、贅沢はいっていられない。だから辛抱して眠りの中に落ちたのだった。
身体はゴジュラスの装甲板の様に重く怠い。
でも、頭はそれと比べると軽かった。つまり、頭は冴えている部類に入るだろう。
第一機動部隊で生き残ったのは私を入れて五名しか居ない。
その内一人は転属願いを出して、残ったパイロットは四名だけだ。
酷い負け方だったが、誰も私達を責めなかった。
相手が悪すぎた。これは間違いの無い解釈だ。
いつの時代も、飛び抜けたエースというものは居るものだとつくづく思う。
新しい隊長の技量は知らないし、あまり興味が無かった。
私は戦うのが苦手で、何時も逃げてばかりいた。
それが隊長が戦死した原因かもしれないし、私に非が全く無いとも思っていない。
今日は特別な日だから、もう起きようと思い、私は寝心地の悪いベッドを後にした。まるで空母から飛行ゾイドが飛び立つように後腐れなく。

私がオフィスの窓の外を見ていると、ノック音が二回聞こえた。
肘掛け椅子を180度回転させてから、私が「どうぞ」と言うと、ドアが開き、初めて会う青年がオフィスに入ってきて、私の座っているデスクの前まで来ると、そこで歩みを止めて敬礼をしてみせた。
人と初めて会う経験は、その人とは人生で一度しか無いから、貴重な体験だと思う。
そう思っていると、青年は「本日着任しましたエンド・レオンハート大佐です」と澄んだ声でそう私に報告した。
「カノン少尉待遇官です」私はそこで言葉を区切る「遅かったのね。昼前には来れると思っていたけど」
「佐官学校の校長の激励が長引いたので。そこは謝ります」
青年はそう言うと私をジッと見つめる。否、もしかしたら外の景色を眺めているのかも知れない。「怒ってる訳じゃ無いよ。ただ、貴方のせいで、昼食を食べ損なっただけ」私はそう答えると、デスクの上の籠からチョコレートを取ると、迷わずそれを口にした。相変わらず不味いチョコレートだと思ったが、言葉にはしない。
「お詫びに何か奢ろうか?」と青年がそう言った。
「条件がある」と私。
「何か」
「そのチョコレートより美味しいなら食べる」
「保証する」と青年が言う。世界一不味いと評判のチョコレートだから当然の回答だろう。
「僕も君から聞きたい事があるけど良い?」
「どうぞ」
「前任者の隊長はどうしたの?」
「答えても無駄だと思うな」
「どうして?」青年はそう言うとポケットから煙草を取り出すと片手でマッチを擦り火を付ける。私はため息を吐いてから「戦死したから、無駄な事だよ」とかえす。
「気を悪くしたならごめん。でも、君から聞くように大総統に言われているんだ」青年はそう口にすると、真っ二つにしていたマッチを灰皿に捨てた。おそらくそのマッチは青年にとっては、子供がゴミに出した玩具みたいにどうでもよくなったのだろう。
「分かった、話す」私はそう区切ると「ナンゴウ・テルカズ大佐。九十七機撃墜。かなりの腕前だった」と一気に喋った。
「誰に墜とされたの?」
「フランボウ・フォン・マルセイユ」
「見たの?」
「見てないけど、状況的にそいつしか居ない」
「嫌な事聞いてごめん」
「別にいいよ。仕事だから」私はそう言うと肘掛け椅子を回転させて外の風景に目をやる。肘掛け椅子が回転する様は戦艦の主砲の旋回に似ているな、と思うのは私だけだろうか?
「何か食べに行こう。何が食べたい?」
「美味しいコーヒーが飲めればなんでもいいな」私は青年を見ないでそう言った。でも、直ぐに青年の方へ向きなおる。そのくらいしてあげた方がいいと思ったからだ。そういう事を思う度、私も歳をとったな、と思う。
青年は天井を見ると暫くそのまま視線を動かさない。
天井を初めて見たのだろう。きっと、いや、もしかしたら教会の天井を思い出しているのかも知れない。
私も初めて教会の天井を見た日のことを思い出した。
あれは、そう、マツキの葬式だ。
彼はネムリダの前任者だった。つまらない事故で死んだのだ。
私は葬式よりも、賛美歌の歌詞に心を奪われていた。
マツキは天国に行けたかな、と今頃になって思った。
でも、私はマツキの顔を覚えていない。
賛美歌の歌詞も忘れてしまっていた。
忘れなければ、頭が一杯になってしまう。だから人はゴミを燃やすように、頭の中の記憶を勝手に消すのだろう。
私はどれだけ、人の死を忘れたのだろうか。
思い出そうとしたが、思い出せなかった。

公用車に私と青年が乗って、車を出した。
ゲートで青年が行き先を告げると、ゲートが開き青年が車を走らせる。
私はその店が美味しかったら一人でも行ってみようと思ったので、窓の外をみて、道程を覚えることにした。
車はやる気のないカーブを曲がりながら、郊外へと向かう。
しばらく進んだところで「コーヒーが好きなの?」と、青年はそうきりだした。
「飲み物では一番好きかな」
「食べ物だと?」
「アップルパイかな、それとハンバーガー」私はそう言うと車の窓を少し開ける「どっちかは食べられる?」
「アップルパイなら、美味いのが食べられるよ」
「ハンバーガーは不味いの?」私はそう言うと少しの間、青年を見つめる。
「メニューに無いだけ」
「不味いメニューはあるの?」
「多分無い」青年はそう言うとハンドルを右へ回す。
そこで会話は途切れて、青年は運転に集中して、私は道を覚える為に視線を窓の外に移す。
こんな時、煙草が吸えたらいいのだろうけど、あいにく私は未成年だし、吸ったとしても噎せてしまうだろう。賭けたっていい、けど、煙草が嫌いかと言われればそうではない。煙草を吸わなかったり、お酒を飲まない上官を私は信じない。どの位信じてないか、とネムリダに訊かれた事があったが、その時私は宗教と同じくらいだと答えた。
要するに私は胡散臭人の作った神を信じていない。
信じれる人が近くに居たからそれで良かった。
けど、その人は戦死してしまった。
だから神様を信じてみるべきかもしれない。
そんな事や昔あった出来事を考えていたら、目的地らしいドライブインの駐車場に車が滑り込んだ。
青年が車から降りたので、私も車から降りて店の外見を観察した。
駐車場に他の車は三台しか止まってなく、自転車が大事そうに置いてあった。くたびれた外観が何故か懐かしく感じる。
重そうなガラス戸を青年が押し開けたので、それ以上の観察を諦めて店の中へ入る。
見た目の割には、素直に開くドアだ。犬に似ているな、と思う。犬なんて飼った事は無いけれど。店内は圧迫感のある雰囲気で、テレビの音と煙草の匂いで埋まっていた。
他の客は一人しかおらず、雑誌を広げて読んでいた。
カウンターの中には老人が一人いて、その後ろは色々な物が収納されている棚が見える。
カウンター席とテーブル席があって、テーブル席からは外の風景が見えた。
年季のはいったテーブル席に青年が座ったので、私も後に続く。
青年がメニュー表を私に手渡してから、煙草に火を付ける。
私が注文を決めると、何処にいたのかウエイトレスの女性が注文を取りに、テーブルの横に立っていた。紙とペンを大事そうに持っているから、注文を取りに来た事に間違いは無いはずだ。
「僕はアイスコーヒーとホットケーキ。この娘に」
「コーヒーとアップルパイ」私がそう言うとウエイトレスは去っていった。
「本当にこの店美味しいの?」私は小声でそう青年に尋ねる。
「客が少ないから心配?」青年はそう言うと煙を吐きながら煙草の灰を灰皿に落とす。
「夜になると客が多いんだ。それと休日になると佐官学校の生徒達も来る。外に自転車があったでしょ?」
「うん、あった。あれ誰の自転車?」
「あれは佐官学校の生徒が置いていった物だよ。でもその生徒は一年前に戦死したんだ」
「戦死したのにとってあるの?」
「もしかしたら、帰ってくるんじゃないかって思って今も預かっているんだ」青年はそう言うと再び煙草を口へ運ぶ。「良い人だよ、マスターは」
私がそのマスターへ視線を移すと、マスターは真剣な眼差しでコーヒーを淹れていた。
程なくして、注文したコーヒーと食べ物が運ばれてきた。
注文した料理がすぐでてくる店は、砂漠の中のオアシスみたいにありがたい。でも、そういう店は機銃の弾より少ないだろう。
まずはコーヒーを口にする。香りと苦さは十二分。熱さはもう少し熱い方がいいけど、大した不満では無い。今まで飲んだコーヒーの中で五本指に入る美味しさだ。
アップルパイの方はカスタードが少し甘さが足りないけど、甘すぎるのよりは良い。こちらも今まで食べたアップルパイの中でも極上の部類に入るだろう。
珍しく残さずに食べれるかなと思った。
私は小食で、いつも食堂の老婆に「もっと食べなさい」と叱られていた事を思い出した。
今回はそんな助言も無く、全部美味しく食べることができた。

二人とも完食してから席を立った。
約束どおり青年がお金を払い店を後にした。
「どうだった?」
「何が?」と私は言った。
「アップルパイ」
「美味しかったよ。ありがとう。軍のご飯よりよっぽど良い」
私がそう言うと青年は一度空を見上げた。機嫌が良いのだろう。
「帰りは私が運転していい?」青年を見つめながら言う。
「運転が得意そうにはみえないけど」
「大丈夫だよ。スクーターの運転は出来るから」
青年は少し困った表情になったが、素直に私に車のキーを渡してくれた。
運転席に私が座り、助手席に青年が乗り込んでからエンジンを始動させる。
確かにスクーターと勝手が違って何回かヒヤッとしたが何とか大総統官邸基地までたどり着けた。こんな所で死にたくはない。それは青年も一緒だろう。
車から降りると「君はもうあがっていいよ」と、煙草に火を着けながら青年は言う。
「でも、雑務があるでしょう。隊員名簿を作ったりとかしないといけないんじゃ」
「わざわざ二人掛かりでやる事では無いからいいよ。それに自分で誰が入隊するか確かめたいから」
「分かった。格納庫に居るから、用ができたら呼んでね」
私がそう言い終わると青年は片手を上げてオフィス棟へ歩き出した。
その姿を見届けてから私は格納庫へ向かって歩く。
シャッターを潜り抜けて、第一小隊の格納庫に入ると、蒼いライガーゼロとシールドライガーDCS?J、それからブルーカラーのジェノブレイカーそして私のブレードライガーミラージュが並んでいた。
「やあ、カノン」声のした方へ目をやると、整備士のスズキ・ミツコの姿が視界に入る。
「こんにちは。見慣れないゾイドがあるけど」私は尋ねる。
「ライガーゼロはエンド・レオンハート大佐の機体で、シールドライガーはモモノ・スミレ中佐の機体、で、ジェノブレイカーはキサラギ・マイ少佐ので残りは言わなくていいよな」
「ミラージュは直ったの?」
「私を誰だと思ってるんだい」おばさんはそう言うとツナギの胸ポケットから煙草を取り出すとライターで煙草に火をつけた。
「私にかかれば大概のメカは直るよ。なんせ私は天才だからね」おばさんはそう言うと、煙草を近くにあったドラム缶の上に置いた。
確かに天才でないとドラム缶の上に煙草を置くなんて出来ないかな、と思うが一応危ないよ、と指摘する。
「ゾイドが好きなんだろ」おばさんは応えないで煙草を口へ運ぶ。おばさんが死ぬとしたら煙草の吸い過ぎが原因だろうと、勝手に想像する。そのくらい、おばさんは煙草を吸うのだ。
「うん、でも戦うのは好きじゃないな」
「誰でもそうさ。でも、私達みたいな連中が社会には必要なのさ。誰だって自分は死にたく無いが、時代はゾイドのパイロットを必要としているし」おばさんは煙を吐く。
「平和が一番なのに」
「平和になったら軍人が解雇されて一気に人手が余って社会が大変な事になるさ。人手不足の介護業に就かせても、体力はあるから前やってた人より仕事が捌けるから結局は解雇者が出て同じさ。必要悪ってヤツさ軍人は」
確かにそうだ。だから中々平和な世の中にならないのだろう。
「それより、新しい隊長とは上手くやれそうかい?」
「大丈夫だと思うけど」私はそう答えてから、適当なコンテナに座る「ここ、座ってよかった?」「好きにしな、もう空だから」おばさんはそう言うと再び口を開こうとする。
「噂だと新しい戦隊員はエースか素人の二通りらしいな。まぁ、戦死者が出ないようにってのが新しい戦隊長の大佐の信念らしい。カノンも支えてやれよ」
「私の腕じゃ足を引っ張るだけだと思うけど」
「逃げ足も時に立派な武器さ」おばさんはそう言うと勢いよく煙を吐き出した。
「役に立つかな?」
「立つさ。現にあのフランボウから逃げ切れたじゃ無いか。並みのパイロットでは出来ないことだしな」
そうだと良いなと思ったが、口にはしなかった。
私は人の役には立ちそうもない。それだけは言える。
賭けたっていいくらいだ。

補充されたパイロットが全員揃ってから、訓練が始まった。
第一機動部隊の教官はモモノ中佐が受け持った。彼女は透き通った白い肌をしていて、軍人と言うより、モデルと言った方がピンとくるような見た目をしていた。そのモモノ中佐はここにくる前は、青年やキサラギ少佐、それに第二機動部隊隊長のチャクト少佐が所属していた佐官学校の教官を務めていたとキサラギ少佐が教えてくれた。
モモノ中佐は若いのに腕の立つパイロットで、模擬戦で私は勝った試しがない。それどころか、一発の砲弾も当てることが出来なかった。格闘戦はいうまでもない。
キサラギ少佐は何かと私を気遣ってくれて、面倒見の良い姉を持った気分になった。キサラギも白い綺麗な肌をしていて、人形の様な外見をしていた。キサラギも青年もチャクト少佐も歳は二十歳だと聞いている。優しい人達に囲まれて、私はラッキーだと思った。
そのキサラギ少佐と今日は模擬戦をしたが、結果は惨敗だった。特に佐官学校組の青年達は動きが滑らかで全く隙がない。青年とはまだ戦った事はないが、モモノ中佐によると彼女以上の強さらしい。
どうしてそんなに強いのか気になったので、待機所で休んでいたキサラギ少佐に聞いてみた。
すると彼女は「攻撃する時に相手を見過ぎない事かな」とレクチャーしてくれた。
曰く相手を攻撃する時に相手を見続けるのは時間の無駄で、その浮いた時間で次の動作へ移った方が良いという訳だ。
「でも、慣れるまでは大変じゃない?」私はそう質問する。
「そうだけど、生き残るためには必須だと思うな」キサラギはそう言いながら、軍用コーヒーを私に淹れてくれた。
お礼を言ってからコーヒーを口にする。
何時もの軍用コーヒーなのに美味しい。きっと淹れ方が上手いのだろう。
「墜とされた事がある?」と彼女を見つめながら言う。
「墜とされた事は無いけど、墜とされそうになった事はあるよ」
「その時はどうしたの、逃げた?」
「エンドが助けてくれた。たった一人で、敵陣の中に取り残された私を助けに」彼女はそう言うと、自分の分のコーヒーを淹れて、それを口にする。
「凄くカッコよかった」そう言う彼女の頰は少し紅くなっていた。
好きと言えばいいのにと私は思った。だって彼女は私より可愛らしくて、スタイルも良い。多分佐官学校では、モモノ中佐と人気を二分する存在だったろう。
でも、私もナンゴウ大佐に好きと言えなかったから、人の事を言えたものではない。告白するタイミングは難しいものだ。爆撃機の照準手の仕事より難しいだろう。
「キサラギさんは煙草を吸わないの?」私は話題を変える。
「私は吸わない。でも教官…じゃなくて、モモノ中佐は吸うわよ」
「アルコールは?」
「嗜む程度に」彼女はそう返事をすると、コーヒーの入っていた紙コップを潰して、ゴミ箱に捨てた。私も捨てようかと思ったが、まだ少し残っているので、飲み干してからゴミ箱へ埋葬してやる。「あと一ヶ月したら移動するそうよ。私達」
「何処に?」私は少し驚いた。初耳だし、まだ一人でドライブインに行ってないからだ。
「北部戦線のカリユ戦区に」彼女はそう言うと、近くにあったパイプ椅子に座る「戦隊を総動員するから大きな攻勢をかけるみたい」
「選挙が近いからかな?」
「さぁ、どうかしら」
青年だったら知ってるかもしれないが、詳細については分からないだろう。
軍人は政治に関与しないから、ビッカース大総統ももしかしたら分からないかもしれない。
ともかく、自分の運命を他人が決めるのはあまり気持ちの良いものではない。それだけは確かだ。でも、軍人になった以上、仕方のないことだと考え直す。そのくらいの我慢は生きてく上で必要だから。

一カ月半後、私はキサラギと一緒に偵察任務に就いた。
偵察といっても、敵勢力圏内のやや後方にあるゾイド修理工場を目視で見てくる、という簡単な任務だ。会敵も無いだろうと、青年が判断したので、私も出撃して経験を積ませたい。そういう事で私も出撃した訳だ。現に青年も副隊長を兼務するモモノ中佐にオフィスを任せて、ディンゴ中将のもとへ作戦の詳細を決めるため、出張に出ている。
「敵機が現れたら、私に任せて先に戻って大丈夫だからね」目的地に近づいた時、キサラギは無線でそう呼び掛けてきた。
「OK」私は完結に応えてメーターに目をやる。
油温もサーボモーターも異常なし。レーダー反応も無い。ここまでは計画通りに進んでいる。
あまり電波を出したくないので、交信を控えめにして進んだ。
天気は曇りで、今にも雨が降りそうな感じがして、少し嫌な予感にかられた。
三時方向に年季の入った灰色のダムが見える。多分、工場へ電力を送電するために作られたのだろうか。
でも、帝国が建国されてからまだ日が浅いので、違うのだろうと考え直す。
そろそろ敵の哨戒圏内に入るから、機速を落として消音態勢で歩行させる。時間は多少掛かるが、安全策をとるに越した事は無い。
頭の中で、好きな音楽を三回再生させたところで、目的のポイントに到着した。
出撃前のミーティングで偵察は私が受け持つ事になっていたので、キャノピーを開けて、コックピットから立ち上がって双眼鏡を覗き込む。
ゾイド修理工場と聞いていたが、稼働している形跡は無い。ここしばらく戦闘が無かったからだろうか。耳を澄ましても静かで、稼働してないと判断。
キャノピーを閉めてコックピットに座ってから、帰ろうとキサラギ機に合図を送る。
キサラギ機を先頭にして帰路につく。出撃した時と同じ順番で帰れるのは気が楽で良い。
こういう些細な幸せをかみしめられる内はいいのだろう、きっと。
しかし、暫く走った所で、レーダー画面に反応が現れた。
敵味方識別装置は敵機と判断したので、キサラギに無線連絡をして、戦闘態勢にはいる。
機速を最高速まであげると敵機も増速して追いかけてきた。
敵機はバーサークフューラーが一機とライジャーが二機。
フューラーが射撃態勢に入ったので、回避運動を開始。
私の後方に雨が降ってきたー否、ビーム砲の着弾だ。冷や汗が出てくる。
また着弾した。今度のは規模からして、ライジャーのだろう。
「私がなんとかするから早く逃げて!」キサラギはそう言うと機首を反転させて敵機の方へ向かっていった。
私も加勢すべきか悩んだが、直ぐにその案を却下した。
私が加勢しても足手まといになるだけだからだ。
全速で離脱。
砲撃音が止んだので、キサラギが役目を果たしているのだろう。
キサラギの腕なら大丈夫だと思ったので、そのまま帰路についた。
燃料は30パーセント以上残っていた。

基地に帰還して、ミラージュから降りるとスズキおばさんが出迎えた。
「おかえり。相方はどうした?」
「もうちょっとしたら帰ってくるとおもうよ」
「それならいい。中佐に報告した方がいいんじゃないかい?」おばさんはそう言うと煙草に火をつけた。
「そうだけど、シャワーくらい浴びたいな。あとコーヒーが飲みたい」
「分かった。私がアンタを見つけるのは暫くしてから、という事にするさ」
「ありがと。被弾は無いからオイル交換だけお願い」
「任せな」おばさんはそう言うと煙草の煙を豪快に吐き出した。
私は格納庫から出て、宿舎の方へ歩く。雨は降らず、雲間から青空が見える。
熱めのシャワーを済まして、脱衣所に出る。どうもお湯が熱過ぎる。最初、火傷をするのでは、と思うくらい熱かった。なので、ゆっくりシャワーを浴びれなかった。
髪を乾かし終わって服を着た時、基地のサイレンが鳴り始めた。
嫌な予感がした。そういえばキサラギはもう戻ったのだろうか?
走って格納庫へ向かうと、キサラギのジェノブレイカーが満身創痍で帰還したところだった。
スタッフが忙しく駆け回り、キサラギをコックピットから引きずり出す。負傷しているので、苦しそうな顔をして、見ていて痛々しい。
私が近づいて、話しかけようとしたが、それより早く彼女は担架に乗せられてしまった。
「何があった?」
振り返るとモモノ中佐の姿があった。
「キサラギ少佐が負傷しました」私は暗い表情でそう返事をした。
それから私は二十分間、中佐にキサラギの事と任務の報告をする。
「私も加勢すべきでしたか?」私はそう質問した。
「貴女が残っても、結果は悪い事に変わりはなうだろうから、キサラギの判断に間違いはない」中佐はそう言って、煙草を乱暴に捨てた。伊達眼鏡が邪魔して彼女の表情を伺う事はできなかった。でも、私は自分のせいだと思い、深く後悔した。他に責任がある人間がいないことは明らかだ。
殺す事が嫌だけど、結果として私はナンゴウ大佐を殺した。
敵を直接殺さない代わりに、私は味方を殺す。
今回もそうなっていたかもしれない。
自分のエゴの為に味方が死ぬのはもう嫌だ。
「指示を」私は暗い声でそう尋ねる。
「もういいわ、休んでなさい」中佐はため息を吐きながらそう応えた。
「ああ、そうだ。今日の警戒任務は私が変わる。だから、どこか出掛けなさい」
「了解しました。失礼します」私はそう言うと180度振り返り、格納庫の中へ入る。
スズキおばさんは台車の上で横になっていたが、私に気づき立ち上がった。
「スクーターを借りていい」
「街まで気晴らしに行くのかい?」
私が頷くと、おばさんはキーを渡してくれた。
スクーターに乗って、エンジンをかける。
このまま青年に会いに行きたいな、と何故だか思った。

三週間後、キサラギが欠員した状態で、私達は出撃した。
キサラギは大丈夫だと言っていたが、私が止めた。無理をさせたらいけないと思ったからだ。
戦隊の稼働機全機が出撃する様は壮観だろう。
その中に私も含まれていた。墜とされない様にしとくだけでいいとの事だが、キサラギの事があったばかりなので、私も覚悟を決めて戦いの中へ入る。
敵機はおそらく一個大隊はいるが、機数的にはこっちが有利。でも、ゾイド戦を決するのは機体性能とパイロットの腕次第。
戦場となっている草原地帯へ私も進む。
もう戦闘は始まっていた。黒煙が立ち昇っているが、それが敵なのか味方なのかはわからない。
深呼吸。
フルスロットル。
前方からディロフォースが向かって来る。
ショックカノンのトリガーに右手を添える。
「撃つよ」右手がそう囁く。
まだ少し早いと判断。右手に我慢させる。
「撃ちたかったのに」右手が毒づく。好戦的な右手だと我ながら思う。
有効射程に敵機が入る。
ファイア。
掠った。
敵機は態勢を崩す。
その隙に反転して、レーザークローを敵機に叩き込む。
「ごめん」私は無意識に、そう独り言を呟く。
敵機から生体反応が消える。
本当に、殺してしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、これが戦争だ。誰かがやらなければいけない事。
殺さない様に踏ん張っても、結局は味方が死ぬ。
直接か間接の差だ。
何かが悲劇では無い。それが戦争だ。
そうこう考えているうちに、新手のガンタイガーが後方から撃って来る。
ターンしながらレーザーブレードを展開。
すれ違いながら、斬る。
否ーかわされた、スタティックマグナムが撃ち込まれる。
手強いヤツにあたったなと、かわしながら頭の中で呟く。
サイドステップでかわして、反撃のビームを撃つ。
当たらない。もう一撃撃つか悩んだが、直ぐに離脱。
その直後、さっきまで私が居た場所にディマンティスが砲撃を加える。
ガトリングがミラージュを掠める。
危なかった。
ディマンティスから堕とそうと思ったが、そいつは零戦カラーのレイノスが撃ち墜としてくれた。
助かった。これでガンタイガー戦に集中できる。
ガンタイガーが向かってくる。
射撃すると見せかけて、レーザークローを撃ち込む作戦でいく。
アタックブースターを射撃体勢に切り替える。
敵機が跳躍。計画通り。
着地予想点にクローを振りかざす。
命中。
敵機の前脚が千切れて、宙を舞う。
ゾイドもパイロットも死んではいないだろう。私の理想通りの墜とし方ができた。
余韻に浸る間も無く、後方警戒センサーが警告音を鳴らす。
敵味方識別装置を確認。
残念ながら、敵機だ。数は三機、サイズからして多分ライジャーだろう。
私の技量では相手に出来ない。ここは逃げの一手。
ブースター点火。
スロットルアップ。
機速はマックススピードへ加速する。
敵機もスピードを上げて、三機とも追いかけて来る。
仲がいいのだろうか?いい連携プレーだ。
草原地帯を抜けても追ってくる。しつこい連中だと頭の中で毒づく。
そういえば、さっきから無線連絡が入らない。
ジャミングをかけられていると思うが、もしかしたらさっき、避けきれず被弾したのかもしれない。
無線機からは何も聞こえない。呼びかけても誰も応えない。
どうしよう。
ここはひたすら逃げるしか無い。
敵機はしつこく追いかけてきて、撃ってくる。
かわすのが精一杯だ。反撃出来ない。相当な手練れが乗っているのだろう。
「ついてない」と独り言を呟く。
その時、急に冷静になって考えたが、もしかして何処かに誘導されているのでは、と思う。
でも、だからと言って、今コースを変えたら確実に被弾するだろう。
狼に追い詰められた獲物の気分になる。
チェックメイト。
そんな言葉が頭をよぎる。
まだ諦めるのは早い、と自分に言いきかせて、何とか反撃にでようとする。
でも、相手は三機もいて、おまけに腕も立つ。
どうしようもない。
でも、死にたくない。
ではどうすべきか?
決まってる。諦めず、最後まで希望を持つ事だ。
もう少し走ってコーナーを抜けたら、一か八かターンして反撃に出よう。
そう決めて少しだけスロットルを絞る。時速にして五キロ位だろうか。これで敵の距離感を乱して、格闘戦に持ち込めばあるいはー
そう思った刹那。
大出力ビームの着弾が、私の目の前に落ちる。
いったい、何処から?
そう思っていると、視界が開けて、目の前にPKコングと二機のライジャーの機影が視界に入ってきた。
囲まれた。
おそらく、こうして本隊から引き離して、確実に墜とすつもりなのだろう。悪趣味な戦い方だ。
ジリジリと敵機が距離を詰める。
終わったな、と思い目を閉じて今までの人生を振り返る。
ついてない人生だった。我ながらそう思う。
なりたく無かった軍人になり、愛する人達は皆、私のまえから居なくなった。
それでもー死にたくない。
そう思った瞬間。
爆発音が後方で三回する。
振り向くと、蒼いライガーゼロが跳躍してPKコングに飛びかかる。
そして瞬く間に残りの敵機を墜とす
まさに風車の様な鮮やかな動き。
これが噂の大佐の機体だろう。敵にとっては逃れられない死神の鎌、まさに悪夢そのものだが、味方にとっては英雄そのもの。
確かにカッコいい。キサラギもこんな気持ちになったのだろうか?
胸のトキメキが止まらず、ドキドキする。
「大丈夫?」大佐が拡声器越しに私に話しかける。
「なんとか、みんなは大丈夫?」
「ああ、それより早く此処から行こう」六機も墜としたのに、大佐は何事も無かったかのように、言葉を発する。
「分かった」そう答えて私は大佐の後に続く。
こうして、この戦いは終わりを告げたのだった。
同時に、私の新しい恋の始まりでもあった。

うちの戦隊は未帰還機が無かった。いいことだと、素直に思う。
でも、他の戦区は苦戦した様だと報告会で大佐が言っていた。
しかし、敵に与えた損害はそれ以上で、目的のクスル要塞も陥落したので、戦術的にも戦略的にも共和国の勝利と言える。
私がそれ以上に嬉しかったのは、休暇が貰えたという事だ。
まだこの街はよく知らないので、その間に美味しいパイとコーヒーにありつきたかった。
コーヒーでキサラギのことを思い出した。彼女ももう少ししたら完全復帰できるだろう。
今彼女は静養中で、同じ宿舎に戻っていた。
報告会が終わったあと、私は格納庫へ向かい、おばさんに会いに行く。
格納庫に入るとおばさんは珍しく私服で過ごしていた。もしかしたら、街へ行くのかもしれない。「丁度良かった、出かけないか?」おばさんが私に尋ねる。
「街に?」
「そう、夕食を食べに行くのさ。ついでに煙草とビールを買いに」
「いいよ。行こう」
「よしきた。ついてきな」おばさんはそう言うと格納庫から出て行くので、私も後に続く。
「帰りは運転してくれ。よく冷えたビールが飲みたいんでね」
「分かった。でも車に傷がつくかも」
「そのときゃ、私が直すさ。なぁに、私は動けばどうだっていいさ」おばさんはそう言うとジャンパーのポケットから煙草を取り出して、火をつけた。
駐車場には、無駄に大きいおばさんのオープンカーが止まっていて、それにおばさんが乗ったので、私も乗車する。なんでこんな車を作ったのだろう。出発する前の準備が無駄に多い。
きっと何か秘密があるのだろうと私は思った。例えば、ボタンを押すと後方からジェットエンジンが出てきたり、前方にドリルが現れて、地中を進めるのかもしれない。
でも、そんな事は一切無く、しばらく車を走らせ、目的の店に着いた。周囲に他の建物は無く、トラックが数台、駐車場に止まっていた。
赤いネオンの灯りが無駄に眩しい。殺虫機も五月蝿いくらい音を立てている。
店の中は喧しくて、数人しか客が居ない。ラジオが五月蝿いせいかもしれない。
メニューはパイと飲み物が中心だったが、アップルパイは何故かメニューに無かった。仕方がないので、ニシンのパイとコーヒーを私は頼んだ。
店主のおじさんは私をジロジロ見ていた。サーカスのライオンを見る様な目つきだと思った。サーカスなんて行ったことはないけれど。
「あんたパイロットかい?」
「そうですけど、何か」私は愛想良く言ったが、心の中では早くニシンのパイを焼いてほしいな、と文句を言った。
「パイロットってアレかい、みんな目が悪いのかい?」
「どうして?」
「みんなヘルメットと眼鏡を掛けてるじゃないか」
「あれは目を守るために掛けているんです」
「へえ、そうかい。目が悪いと儂は思ってたよ。儂は眼鏡なんか掛けた事が無いからな」
「目がいいのですか」私はサービスのつもりで、そう言ってあげた。
「ああ、そうさ。ついでに儂は人殺しもしてない」
少しムッとしたが、態度になる程の粘度には少し足りない。そうこうしてるうちにコーヒーが運ばれてきた。
飲んでみると、コーヒーは熱すぎるうえに、ただ苦いだけだ。泥水かと思った。いや、泥水の方がマシかも知れない。それくらい不味いのだ。
おばさんの方は、ビールが美味しいらしく、凄く機嫌が良さそうだ。
私も別な飲み物を注文すべきだったと後悔した。
「そういえば、私がこの前ここに来た時、大佐達も居たんだ」ビールを一口飲みながら、おばさんはそう言って、煙草に火をつけた。
「うそ」私はコーヒーを飲むのをやめて、おばさんの方へ向き直る。
「本当さ。大佐とキサラギ少佐、それにチャクト少佐も一緒だった」おばさんは煙草を吹かしながら「一番奥のテーブル席で、食事をしてたさ。休みの日なのに、ゾイドの操縦方を熱心に話していたよ」と付け加えた。
それを聞いて私は少しホッとした。デートでは無いと思ったからだ。
でもキサラギの気持ちを知っているので、そこら辺は難しい感情になる。
もしかしたら、また大佐が来るかもしれない。そう思うと、もっと色々な話を大佐としてみたかった。
パイが運ばれてきたので食べてみる。親の仇みたいに辛い。全部は食べられないな、と思う。
案の定、私はパイを残した。不味かったからだけど、お腹が一杯になったと嘘をついた。そういう嘘をスラスラ言えるようになったから、私も大人に近づいているのだと実感する。
店を出る時におばさんは煙草とビールを買うために、カウンターに立っている店主に銘柄を伝えて、ついでにおばさんの分の代金をカードで払った。それが済んでから私もパイとコーヒーの代金を現金で支払う。
味の割に値段は高かった。
もう一度、ニシンのパイを食べに行く価値は無いな、と思った。

次の休暇の日、私はフブキ・リコリス少尉から美味しいレストランの場所を聞いていたので、行ってみることにした。キサラギも誘ったが、彼女は出掛ける用事があると言って、丁重に断ったのだ。年下で、階級も下の私に少しも尊大にならないから、私も彼女のことが好きだ。
格納庫でおばさんからスクーターを借りて、一人でレストランを目指した。
おばさんは相変わらず台車の上で寝ていて、私が誘っても、眠いと言って断ったのだった。
スクーターはいつ乗っても調子がいい。きっとおばさんが暇な時に整備しているのだろう、きっとそうだ。おばさんは私にスクーターを売りたがっていた。理由を聞くと、そのお金で廃車寸前のバイクを買い取って修理したいらしい。本当に機械弄りが好きなんだな、と半分呆れた。
スクーターはいい感じに私を冷やしてくれる。生きているとオーバーヒートしそうになるから、時々躰を冷やしてあげないといけない。
途中であの不味いパイを出すドライブインを通り過ぎた。店の中から店主の爺さんが私をジロジロ見ている気がして、なんだか嫌な気分になった。
そのドライブインは街の外れの方にあって、もう少し走らないと目的のレストランには辿り着けない。こういう時は確かにバイクの方が便利かもしれない。
適当な考え事をしていたら、目的のレストランに辿り着いた。けれど駐車場は一杯で、私はその店の食事にありつけそうに無かった。
仕方がないので、適当な商業施設に入り夕食を済ますことにした。
フードコーナーでハンバーガーとコーラを注文した。こういう店はすぐに食べられる代わりに、味は期待できないことを私は知っている。
注文した食べ物を受け取って、テーブルに座ると、見知ったパイロットが近くに居たので、挨拶しておこうと思い、そちらのテーブル席に向かう。
「ココいいですか?」私がそう言うと、零戦カラーのレイノス乗りのパイロットである、サカイ・ミキ少尉は面倒そうに私をみると、煙草を咥えながら「どうぞ」と応えた。
「この間は、ありがとうございました」私はそうきりだす。
「ああ、あなた、ブレードライガーのパイロット?」
「そうです」と私はかえして「よく、空戦をこなしながら気付いてくれましたね。おかげで助かりました」と付け足した。
「別に、それよりあなたあの時、前ばかり見てたでしょ」
「恥ずかしい話ですけど、そうでした」私は少し俯き加減に返事をする。
「交戦中は前3:後7の割合で警戒しないと何時か墜とされるわよ」と厳しい声で言った。
「分かってはいるのですけど、戦闘中となると忘れてしまって……」
「でしょうね。私もよく、最初の頃はそれで怒られていたっけ」彼女はそう言うと煙草の灰を灰皿に落とす。「あなた、ウチに配属される前は何処にいたの?」
「再編前からいました」私がそう言うと、彼女は再び煙草を口にする。
「違う、その前の話」
「さあ、もう忘れた」私はそう言って、肩をすぼめる。
「覚えてないの?」私はその問いかけに頷く。
そういえば、軍人になる前の記憶がよく思い出せない。
まるで、異世界から飛ばされた様に記憶が抜けているのだ。
「子供なのに」彼女はそう言うと、煙草を灰皿へ入れて火を揉み消した。
私の記憶も、誰かがそんな風に消したのかも、と思った。

カリユ戦区にはそれから三週間滞在した。
その間に私はスコアを一個伸ばす事ができた。
けど、他の人達はもっと仕事を捌けていた。なので私だけ技量が上がった訳では無い。
本拠地のキリモリ基地で新しい辞令がくるので、久しぶりに自分のベッドで眠れる、それが一番嬉しいことだった。あまりカリユ基地…というより、街に馴染めなかったのでそれも要因の一つだろう。もしかしたら、ニシンのパイのせいかもしれない。
ところが、それはあまりいい話ではなく、辛い戦いの幕開けになるものだった。
というもの、諜報部の入手した情報によると、帝国の巻き返しの一環として、フランボウ・フォン・マルセイユを筆頭にした精鋭戦隊を南方戦線の要所ハルヒン攻略の為派遣するとの事だ。
これを受けて、後詰とはいえ再編されて日の浅い蒼風騎士団独立第三戦隊を投入するのだから大佐はとても頭を痛めていた。
連日の作戦会議で、私も従兵として参加したので、とても疲れていた。
中でも共和国軍を悩ますのはデスザウラー中隊だった。
これはデスザウラーが計九機も配備された特別部隊だったが、あいにくうちの第三戦隊にはマッドサンダーは一機しか配備されていない。
もし、団長のレスカ中将の読みが外れて、マルセイユが海上でなく、陸路で攻めてきたら私達だけでマルセイユの相手をしなくてはならない。
「ゴジュラスギガなら接近すれば勝機はあるけど、荷電粒子砲を撃たせない方法を考えないと…」「テスト配備されている凱龍輝でもダメかな?」私はコーヒーを大佐に淹れながらそう意見した。
「凱龍輝は数が少ないから駄目だろうね。コマンドウルフRGC改でも、インテークファンを狙わない限り撃破できないし…」大佐はそう言うと、肘掛け椅子を回転させて、オフィスの外の風景を見つめる。
外は雨が降っていて、今にも雷が鳴り出しそうだった。
案の定、雷が鳴って避雷針に落ちる。
「避雷針に落ちなかったら、停電してましたね」私はそう言って、大佐にコーヒーを渡す。
「ありがとう…待てよ、雷…」大佐は暫く考え込んでいたが、急に立ち上がるとオフィスから飛び出して行くので、私も慌てて後を追う。
「一体どうしたの?」
「デスザウラーに雷を落として、少しの間フリーズさせればいいんだ。その間にミユキの部隊にインテークファンを狙撃させればいい」
「そんなピンポイントに雷が落ちるの?そもそも、悪天候になる保証はどこにもないよ」私は大佐の後ろを歩きながらそう言う。
「ハルヒン基地には昔設計されたサンダーコントロールシステムがあるし、うちの戦隊にはヨウ化銀もある。理論上はこれでデスザウラーに雷を直撃させられる。これで何とかデスザウラーに荷電粒子砲を撃たせずに、ゴジュラスギガが接近戦で倒せるはずだ」
「じゃあ、早速準備しないとね」私はそう応えた。
「出来れば無駄な準備になればいいけど」大佐はそうとだけしか言わなかった。

それから数日後、私達はハルヒン基地で待機していた。
サンダーコントロールシステムの設置はすみ、航空隊もヨウ化銀の散布態勢を整えている。
もし、レスカ中将から連絡が入れば、私達の出番となる。
大佐の言う通り無駄な準備となれば良いが、連絡が入ってしまった。
「大佐、行きましょう。みんなに命令を」
「分かった」大佐はそう言うと、戦隊の隊員全員が集まるホールへ入り、演説台に登る。
みんなが静まりかえってから、大佐は演説を始める。
「…諸君、簡単に命令する。誰一人欠けずに戻ってくるんだ。みんなで明日へ帰還しよう。それだけが僕の望みだ。そして、みんなで祝杯をあげよう。だから誰も死ぬな、必ず帰還せよ。それだけは約束して欲しい。以上。蒼風騎士団独立第三戦隊出撃開始!」
割れんばかりの歓声の中、私は歩き出す。
大切な人達をもう二度と失わないために。
そして戦おう。
それが私の役目だから。
そして生きよう。
それがナンゴウ大佐の遺言だから。
やっと分かった、大佐と出会った意味。
私が戦う意味。
それは?

夢の世界で、私は愛する人を守る為だけに戦った。
一人は守れなかった。
もう一人は守れたと信じたい。それは私の願望だけど。
私はただ真っ直ぐな感情で戦った。それだからかどうかは分からないが、私は墜とされた事はなかった。
あの人も、愛する人達を守りたい一心で戦ってきたのだろう。それは強く伝わった。だからみんなあの人に全てを託して戦った。
時代は英雄を必要とした。
あの人の先にあるものが、人々を虜にしたのだと思う。
私達は、民は、国は、あの人を望んだ。
例えそれが、どんなに残酷な運命でも。その先にある光を?
私はあの後、軍の病院に入院していた。
あの戦いで負傷して、私は暫く入院することになったのだ。
病院の中庭で、私は芝生の上に横になり、空を見つめていた。
空は晴れていて、とても澄んでいた。
「そろそろ病室に戻りますよ」病棟から出てきた若い看護師が私に呼びかける。
「あと少しで退院できる?」
「ええ、出来ますよ。退院したら祝賀会があるそうです」看護師はそう言うと、私が空を見つめていることに気づく。
「綺麗」私はそう呟く。
「そうですね。本当に綺麗な空」
「違う、そうじゃない。なんて言えばいいかな…」
「えっ、じゃあ、何が」
「気持ちが」
そう言った時、遠くでゾイドの咆哮が聞こえた気がした。
また一緒にあの人と戦おう。
また一緒にあの人と生きよう。
そして何度も繰り返そう。
それが、私の物語。
それが、あの人の物語。
終わらない輪廻の物語を、私は紡ぐ。

-完-

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