帝都防衛航空隊 12


会議から数日後、ウラニスクとの交信が回復した。
更新した暗号による呼びかけ。それを受けたウラニスクの喜びようは凄かったらしい。
その日から、ウラニスクは直ちに地下格納庫の建設に着手した。
入り口は入念に秘匿された。そしてそこに、生産したゾイドを続々と搬入した。

生産は続くがパイロットが不足。そんな状況のウラニスクにとって、この計画はまさに渡りに舟だったと言える。
食料、衣類、薬品などの物資も地下に運ばれた。地下格納庫は、収容したウラニスクの人員を軽く二年はまかなえる施設になった。
それだけではない。開発用コンピューターや訓練用シミュレーターも地下に移された。
ゼネバス皇帝が帰還するまでの間、新型ゾイドの開発を続け、また兵の訓練も行うのだ。
無論、その規模は地上のものに劣る。派手に動かせばバレてしまうので、細々としたものになろう。
また訓練は所詮はバーチャルに過ぎない。実戦的な意味ではどこまで鍛えられるだろう。
それでも、取れるべき最善の策は採られたと言える。

嬉しい事は続いた。
数週間後、バレシアとも交信が回復したのである。
私が出発した後、別の連絡隊が結成されバレシアに向かったという。
潜水作戦は既に察知されていた。
ウラニスク湾には警戒するバリゲーターやフロレシオスの数が増え、実行は不可能になっていた。
そこで、もやは決死隊に等しいが陸路での連絡が試みられたらしい。

部隊はツインホーンで構成されていた。このクラスでは最高レベルのパワーと積載量を持つ。
長期行動にはもってこいの機体であった。また、寒冷地に強い事もバレシアに向かう任務では好都合だった。
作戦は、当初はサーベルタイガーやシュトルヒの支援もあった。
だがトビチョフを越えたあたりからはツインホーンのみの移動となった。
部隊は、途中でゴジュラスと遭遇する等の多大な苦労をした。
だがその度に奇跡的に離脱に成功し、バレシアまで辿り着いたらしい。

直ちに脱出や帰還の情報はバレシアとも共有された。
ただ、バレシアはもう地下に秘匿するほどの予備戦力はなかった。
従って、ウラニスクほどの効果を挙げなかったのは残念であった。
それでも士気は大いに向上し、バレシア部隊は決意を新たにしたらしい。

久々の好転に沸いた。
だが一方、悪い事もあった。
潜水作戦察知から、共和国軍の警戒は増した。ウラニスク湾だけでなく、首都近海にも敵の姿が増えていたのである。
しかも、こちらにはウルトラザウルスまでもが多数配備されていた。

これにより、脱出手順は変更が必須になった。
元々、首都から直接脱出して暗黒大陸を目指す手筈であった。
いまや破綻した。ウラニスクも厳しいだろう。
だが、バレシアなら可能性があった。この場所には、まだ比較的敵の数が少なかったのである。

こうして、脱出場所は急遽として変更された。バレシアからの脱出である。
しかしこれは問題であった。
脱出は選ばれた者だけが行う。他の者は地下で時を待つ。
だが、ゼネバス皇帝だけは脱出が必須であった。暗黒大陸での軍備再建は、皇帝が指揮をして行うのである。

どうにかして皇帝をバレシアまで運ぶ手立てはないのか。
陸路は論外、海路も厳しい。では空路ならどうか。
ここへきて、私がたった一つ運んだシュトルヒに注目が集まった。
これを首都からの脱出…、バレシアまでの移動に使用できないかとされた為である。

たしかに魅力的な案であった。
敵は今、首都にシュトルヒがある事に気付いていない。潜水作戦は暴かれたが、コアを運んだ事までは知れていないのである。
幸運にも、作戦は暗号の更新を行ったのみと判断されていた。

そこを突けば脱出は可能だろう。
だが航続距離はどうする。どうあがいても足りない。
燃料切れの無念の着地、そこからは歩いて行けとでもいうのか。それはかなり無茶な案だった。
いやしかし、可能性はここにしかなかった。
足りないならどうする。首都では、バレシアまで飛べるようシュトルヒを改造する計画が進められた。

無理やり解決するなら、それはもう燃料タンクを増設すれば良かった。
翼下、側面、上面、下面。あらゆる場所にタンクを満載すればどうにかなる。
だが、もはや速度も運動性も失いただの的になろう。

そこで、大型ロケットブースターが製造された。
これにより離陸後に猛烈なスタートダッシュを切る。その推力は最高速度を一時的にM3近くにまで引き上げる。
飛行距離もかなり稼げる。ロケットは、燃料がなくなればパージし機体を軽くする。
最初はロケットで、それが尽きた後はシュトルヒの力で飛ぶ計画だ。

だが改造は容易ではなかった。
装備増は機体を極端に重くする。そうすれば強度が不足するので補強が必要、それは当初の想定以上に重くなる事を意味する。
それゆえ推力が足りなくなる。更なる装備増が必須、そして重くなり強度が不足する。このループを繰り返す。
ジレンマである。
ロケットブースターの配置も厄介だった。重量バランスをどう取るかが極めて難しい。

劣悪な状況の中、技術員の奮闘で改造は何とか完了した。
スペックはどうにかバレシアまで飛べる航続距離を達成した。航路の半分以上はロケットブースターでの飛行となる。
ちなみに速度に対応する対ショックスーツは完成しなかった。
シュトルヒ用…すなわちM2級の加速しか想定していない装備で操作する事になる。
これはもう、パイロットに耐えてもらうしかなかった。

バランスは最悪だった。ロケットブースターを積んでいる内は直線的な飛行しかできない。
いや、それはまだいい。超高速で一気に敵陣を突破する。それが最善策なのだから、旋回などは最低限でいい。
問題は、その直線飛行すら難しい事であった。少しでもバランスを誤ればたちまち錐揉みで墜落する。
作戦実行まで、シュトルヒは完璧に秘匿しなければならない。飛行訓練が行えないのは無念であった。

もう一つ、コックピットが複座になったのも特徴であった。
当初、シュトルヒの操縦はゼネバス皇帝自身が行う予定であった。
皇帝はお飾りではない。ゾイドを扱う技量は親衛隊のエースと比べても劣らなかった。
帝国ゾイドは制式採用にあたり皇帝の了承を得る必要がある。その際、皇帝は自ら操縦し性能を見極めるのである。
合否の判断は実に的確だった。不備があればその改善策を具体的に指示した。
ゾイドという生き物としての扱い、そして兵器としての扱い。その両方で皇帝は素晴らしい技量を持っていた。

こんな逸話がある。
ゼネバス宮殿には、銀色で塗られた皇帝専用レッドホーンがある。
模擬戦時、これに乗る皇帝は親衛隊若手の乗るアイアンコングに快勝した。
八百長試合ではない。その時は周囲の誰もが目を見開き立ち上がったという。
いかに若手とはいえ、相手はあのアイアンコングである。それに勝った事は技量をよく示している。

ただ、皇帝が最も得意としていたのは陸戦機であった。
戦闘機の操縦もできるが、さすがにその分野では親衛隊のエースの方が優れる。
親衛隊の戦闘機乗りには、並居るエースの中でも抜きん出て高い技量を持ったトップエースが居た。
その名はトビー・ダンカン。階級は少尉。まだ若いが、ゴードンの再来と言われる神業的技量を持っていた。
シンカーでプテラスを墜とせる唯一のパイロット。この時期でもなお、少尉はスコアを重ねていた。
シンカーだけではない。サイカーチスに乗った時は、果敢な対地攻撃でゴドス部隊を瞬く間に葬った事もある。
とにかく飛行ゾイドにかけては最高であった。
改造シュトルヒで皇帝を無事届ける危険な任務、それができるのはトビー・ダンカンの他には居ないとされた。

こうしてパイロットは決まった。
唯一の飛行経験者として、私は少尉の教官になった。座学だけだが、伝えるべきは全て伝えた。
階級こそ同位だが、親衛隊の彼は明らかに上位である。
にも関らず、まるで新兵のようにハキハキと接してくれたが印象的だった。
丁寧で冷静沈着、しかしそれでいて内に秘めた闘志を持っていた。
帝国軍の再建、ゼネバス皇帝の帰還。その時、彼は帝国軍にとって今以上の事をする大物になっているだろうと思った。

 

首都での準備が進む中、ウラニスクでも大きな動きがあった。
地下格納庫は既に完成、そこには詰め込める限りのゾイドが搬入された。人員も地下に降りた。
入り口の秘匿は完璧。
こうして皇帝帰還時の備えが完璧になった段階で、ウラニスクは陥落を選択した。
戦略的陥落である。

一気に抵抗を弱め制圧されたウラニスク。だが共和国軍はさほど疑問を抱かなかった。
既に限界だったのだろう、そう判断したようだ。
制圧後に疑問を抱かれぬよう、偽の格納庫まで用意されていた。
ここには主にゲルダー、ザットンなどの旧式機が多く並べられていた。
シュトルヒ、ツインホーン、イグアン、ハンマーロック、そして大型ゾイドなどの有力機は本命の地下格納庫に移している。
共和国軍はまんまと騙された。もはや戦力を使い果たし、わずかな旧式機しか残っていないと見たのである。

バレシアはまだ耐えていた。
脱出の地、ここを陥落させるわけにはいかない。
ダニー・ダンカン将軍率いる無敵のサーベルタイガー部隊は、共和国部隊を必死に排除し勢力圏を維持していた。
奇しくも、ダニー・ダンカン将軍とトビー・ダンカン少尉は血を分けた兄弟であった。
ダンカン兄弟は、バレシアと首都で帝国の運命を背負っていたのである。

ウラニスクの陥落後、首都への攻撃は激しさを増した。ウラニスク攻略を終えた部隊が、首都攻略部隊に合流したのである。
一気に増す敵戦力。連日にわたる爆撃で、首都の街は白い瓦礫の山になっていた。
そしてついに、その日は来た。
突然、爆撃がピタリとやんだ。そして翌日、いよいよ地上部隊が一斉攻撃を開始したのである。

ゼネバス皇帝は、脱出のタイミングをこの日に決めた。
こうして帝国の運命をかけた日、帝国首都での決戦が始まった。

 

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