帝都防衛航空隊 8


数ヵ月を要して、ようやくシュトルヒの数が揃い始めた。
格納庫の真っ赤な機体は格別の存在感を放っていた。工場は意地をみせ、仕上がり品質の維持に全力を尽くした。
シュトルヒは祖国を救い得る唯一のゾイド。その想いで一丸となり、せめてこの機だけは格別の対応をしたのである。

余談だが、帝国ゾイドの制式採用までの手順に触れておこう。
完成した新型ゾイドは、ゼネバス皇帝が実機に直接触れて採否を判断する。
皇帝の了承を賜る事で制式採用に至るものであった。

だがこの数ヶ月の間に、戦況は更に悪化していた。
帝国に残された地は、バレシア、ウラニスク、首都の三つ。いずれも、強力な共和国軍の猛攻を受けている。
だが、悪化とはその事ではない。もっと悪い事があった。
ウラニスクと首都をつなぐ秘密輸送ルート、これが発見されたのである。
強力な部隊が即座にルートを寸断した。今や、ウラニスクと首都は輸送ができない。
シュトルヒも運ぶ事ができなかった。
この様では制式採用の了承を賜る事もできない。その為、書類上は試作機のままで増加試作機という形をとっての量産であった。

これだけではない。
ウラニスクとバレシアを繋ぐ秘密ルート、これもまた寸断されていた。
今やバレシア、ウラニスク、首都はそれぞれ繋がる術を失い孤立していた。

秘密輸送ルートがなぜ知れたのか。
それは我が軍の暗号が解読されたからであった。この時期、我々は情報戦でも負けていた。
輸送を察知した敵は、密かに後をつけてルートの全容を暴いた。

早急に暗号を更新する必要があった。
だがそれはできない。
新しい暗号を作る事自体はできる。だが交通を遮断された今、それを読み解く為の解読表を共有する術がないのだ。

暗号の問題から、各都市間の通信はなくなった。それは、わざわざ敵に情報を知らせるようなものであった。
輸送ルートだけではない。我々は通信さえ失った。
まさに孤立である。いかに困窮していたかが分かろう。もはやいつ負けてもおかしくなかった。

ここから巻き返せるものだろうか。
ようやく数の揃ったシュトルヒ。だが、いかに高性能でも現地に運べなくては戦いようがない。
シュトルヒの量産は、考えうる限りで最高の熱が注がれた。だが、あまりにも遅かったのであった。

 

シュトルヒ自身が飛んでいけばいい、その案は採用できなかった。
原因は航続距離の短さである。首都は、ウラニスクから飛んでいけるギリギリの距離であった。
これでは途中に会敵すれば為す術がない。空戦をし、負ければそこで墜ちる。勝ってもそれ以上飛べずに墜ちる。
交戦せず全力で離脱すればどうか。これもできなかった。
最高速度で飛べば一気にエネルギーを失う。この場合も、やはり途中で力尽きて墜ちる。
飛んでいけるギリギリの距離というのは、巡航速度でどうにか到達できる距離という意味であった。

また、この案にはもう一つの欠点があった。整備に関してである。
機体は消耗品で構成している部分も多い。最新式の排気タービンやエンジンは、高性能だがどうしても耐久性は低くなっていた。
これらの部品は、予備パーツと交換して運用する想定をしている。
輸送は機体だけを運べば良いわけではない。こうしたパーツを一緒に届ける必要があった。
シュトルヒが無事に到達できたとして、それは自身のみである。
搭載量に余裕のないシュトルヒでは、ついでに運ぶ事などできる筈がない。
やはり、どう考えても無理という結論になったのであった。

移動できないシュトルヒは、全機がウラニスクに置かれた。
ちなみに、バレシアは別の問題から送る事が難しかった。これについては後述する。
ともかく、シュトルヒはそんな状況だった。

それでも、ウラニスク部隊は奮い立った。最悪の状況で、心だけは絶望しなかったのである。
シュトルヒ輸送の目標は破綻した。だが何かの拍子に戦況が変わる事もあろう。そんな可能性がないとは言い切れない。
希望を捨てるな。まずは自分達が成すべき使命、ウラニスクを守りきる事を意識せよ。
司令官は力強くスピーチした。
今にして思えば無茶な事であった。だがこの瞬間から、我々は決意を新たに戦いに戻った。

シンカー乗りはシュトルヒへの機種転換訓練を全力で始めた。
そして、合格になった者からすぐに実戦に向かった。

 

プテラスもサラマンダーも驚いただろう。
真っ赤な鳥が一直線に突っ込んでくる。ビーム砲が火を噴き、バードミサイルがサラマンダーを貫いた。
後をとられても、持ち前の軽快さでヒラリヒラリと回避する。そして一瞬の隙を突いて急旋回、反撃を始める。
シンカーでは考えられない速度と動きができた。
圧倒的劣勢の中で、鮮やかな風穴を開けてみせたのだ。ウラニスクの誰もが歓喜した。

しかし圧勝ではなかった。プテラスは強かった。
小型ながらに頑丈なプテラスは、ビーム砲の直撃に耐える事もあった。
撃墜には、平均して数発を撃ち込む必要があった。
無論、バードミサイルなら確実な破壊が可能だ。だが、たった一発しかない対重爆用必殺武器を使う事はできなかった。

逆に、こちらは一発の被弾が致命傷になった。大抵は墜落、良くても離脱必至のダメージを負った。
プテラスはコックピットに20mm機関砲を付けている。これは威力よりも携行弾数を重視した軽火器だ。
せいぜいビークル程度の小型メカを想定した装備でしかない。だが、これですらシュトルヒには脅威になった。
とにかく、シュトルヒは華奢な機体であった。

パイロットの覚悟は我々が遥かに上だっただろう。敵はもう、圧勝ムードに沸いて慢心していた。
今までずっと格下のシンカーを”七面鳥撃ち”にしていたのだから無理もない事だ。
対する我々は、屈辱をかみ締め祖国の危機に圧倒的な覚悟をもって飛んでいた。
時に弾幕にさえ飛び込む度胸は、敵には決してなかっただろう。
この度胸をもってして、キルレシオは1:1がやっとだった。

時間と共に敵は慢心を改めた。
ある日、敵編隊に見慣れぬサラマンダーが混じっていた。
背中に巨大なレドームを持っている。これは、早期警戒管制機として改造された仕様「ブラックバード」であった。
索敵、通信、情報処理力に優れる。遠距離からシュトルヒの動きを正確に把握し、プテラス部隊に適切な指示を出した。
ブラックバードの登場で、プテラスの強さは飛躍的に向上した。

また、我々はパイロット不足から昼夜を問わず連日戦っていた。一方、敵は交代制で十分な休息を取りながらであった。
時間と共に、徐々に劣勢が目立ってきた。
パイロットも不足し、むしろ機体が余る異常事態にさえなっていた。

民間から志願兵を募集した。思いのほか多くが集まり、即座に訓練が行われた。
熟練飛行など望めるべくもない。シミュレーターで初頭訓練、実機では最低限の高等訓練を行う。
もはや離陸ができ、ビーム砲の発射ボタンを押せればそれでいい。
飛行部隊のパイロットは、もはやそこまで技量低下していた。
戦う意思は微塵も衰えない。だが、戦力は加速度的に低下していたのである。

 

我々がこうしている間、バレシアや首都はどうであったか。
バレシアは特有の磁気嵐が絶えず吹き荒れる地帯だ。それは飛行ゾイドの性能を大きく落とす。
さすがの共和国軍も有効な爆撃を行えずにいた。気付いたと思うが、シュトルヒを空輸できなかった理由はこの磁気嵐である。
航続距離圏内ではあるが、送ったところでマトモな運用ができない。

また、この地は地形も険しかった。地上ゾイドの行動は大幅に制限されていた。
ただ唯一、サーベルタイガーとヘルキャットの高速戦闘部隊だけは存分に動き回れた。
華麗なフットワークで、いかなる地帯もあっという間に突破する。高速部隊は、迫り来る共和国地上部隊を幾度となく撃退した。
部隊を率いるのは、「北海の虎」の異名を持つ偉大なエース、ダニー・ダンカン将軍である。
頑として共和国の侵攻を跳ね返す不屈の勇士は、敵味方の双方でその名を高く轟かせていた。
以前と同じく、この部隊は健在であった。
しかし補給ルートがたたれた今、偉大なエースも徐々にジリ貧になっていく事が懸念されていた。

帝国首都は、極めて重度の危機に陥っていた。爆撃は連日続き、大きな効果を出していた。
大理石でできた白い町。中央大陸で最も美しい都。それが崩壊しようとしていた。
首都にシュトルヒはない。この地では、依然としてシンカーが唯一の戦闘機であった。
親衛隊の精鋭は飛び続けた。だがその消耗は限界が近く、早々に防ぎきれなくなるであろう事が明らかであった。
輸送ルートは破綻し、復旧の見込みもない。

ただ、首都には小規模ながら設備があった。帝国の生産はウラニスクに一極化していたが、全てではない。
ゼネバス皇帝直属の研究所や工場があったのである。
こうした小規模な工場がフル稼働し、どうにか生産を維持している状況であった。
ただし消耗は生産を上回っており、工場のフル可動は問題を解決するには至っていない。
ありのままを言うなら、全滅をわずかに先延ばしをしているに過ぎなかった。

どちらもウラニスクより酷い状況にあった。
やはり補給である。補給がない、あるいは自前の工場はあるがまるで足りていない。
一方、ウラニスクはゾイドの生産拠点だったから戦闘ゾイドの不足に悩む事はなかった。
むしろ補給ルートが全て破綻した今、ゾイドは格納庫をどんどん埋め尽くし余っている程であった。
こちらでは、むしろパイロットが不足していた。

 

三地区に続く攻撃。しかし、しばらくして敵は攻略の方針を変えた。
バレシアへの攻撃は包囲をするに留め、積極的な戦闘は起こらなくなった。
その代わり、ウラニスクと首都への攻撃はいっそう激しくなった。
これは、場所の価値であった。
バレシアは、苦労をして攻略したところで得るものが少ない。
対して、ウラニスクを攻略すれば生産の大半を断つ事ができる。
首都にはゼネバス皇帝が居る。攻略すれば、皇帝の身柄を確保し終戦に持ち込む事ができる。
この方針は当然だったと言える。

ウラニスクと首都。両地の防衛隊は最後の気力を振り絞って猛攻に耐えた。
この内、より激しい攻撃に晒されたのは首都である。
やはり、終戦へは皇帝の身柄確保が最も手っ取り早い。日に日に首都は追い込まれていった。

ウラニスクでは、首都を救うべく連日の議論が繰り返された。
状況を打開する案はないか。わずかな可能性はないのか。

導かれた唯一の策はシュトルヒであった。
首都にシュトルヒがあれば、まず首都上空の絶対制空権を奪取する。そして反撃の糸口を探る。
無論、無茶は承知である。
登場当初はキルレシオで1:1を誇ったシュトルヒだが、共和国軍が慢心を捨ててからは大きく勝率を落とした。
首都で運用できた所でどうなる。
もし上手く制空権を奪取できても、そこから反撃などできるだろうか。首都の戦力は日に日に低下しているのだ。
それでも、可能性はここしかなかった。

輸送ルートが破綻した今、シュトルヒを運ぶ事はできない。
この問題をどう解決する。首都にある皇帝直属の工場、ここで生産してもらう計画になった。
シュトルヒのコアと設計図、整備用設備の設計図。これをどうにかして運べば。

コアと設計図。これなら小サイズなので秘匿し運びやすい。少なくとも、完成した実機を運ぶよりははるかに容易だ。
それでも地上ルートは難しかった。
道のりは長い。いかに貨物が小さくとも、最後まで隠し通す事はできないだろう。
そこで、いつもなら考えられない奇策が採られた。

それはシンカーであった。初期型の潜水可能なタイプである。
貨物コンテナを作りコアと設計図を入れる。それをシンカーで牽引して海中から運ぶ。
こうして、ウラニスクと首都をつなぐ前代未聞の潜水作戦が決定した。

 

(その9へ)

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