帝都防衛航空隊 2


サラマンダーはとにかく頑丈だった。
明らかに命中弾を与えているのに、ものともせずに悠々と飛び続ける事もあった。
また、火を噴いてもたちまち消火する事が多かった。おそらく、高性能の自動消火装置が装備されていたのだろう。

しかし弱点がないわけではなかった。
一つはコックピット、もう一つは翼の付け根であった。
コックピットは防弾ガラス張りだったが、機関砲やビーム砲に耐えるものではない。
そこを破壊すればさすがのサラマンダーも成す術はない。
また、翼の付け根は意外にも脆かった。サラマンダーは翼を大きく羽ばたく。金属疲労のたまり易い場所だったのだと思う。

ここに命中弾を与える事が撃墜への最短ルートだったが、狙い撃つのは容易ではなかった。
そこで火器には改造が加えられた。射撃時の射角が、あえてわずかだけブレるようにした。
これにより広範囲に弾が飛び散る事になった。
なにしろその中の数発が弱点を捉えれば良いのだから、これはまことに便利な装備であった。

またもう一つ、サラマンダーは爆撃時に護衛を付けない事も幸いであった。
これは航続距離が長すぎる事が原因で、ペガサロスでは援護ができない事情であった。

貴重な犠牲は多くの戦訓を残し、ようやく我々はサラマンダーと対等に戦えるようになっていった。

 

防空の為、我々は各地を移動した。
生産工場や新型ゾイド開発研究所に行く事もあった。それは社会見学をしているようでもあり、なかなか楽しいひと時であった。
研究所では、シンカーとは全く別の空戦専用ゾイドが開発中であった。ずっと後年になって知ったが、それはシュトルヒであった。
この時、パイロットの生の意見も聞きたいという事で、我々からの意見を述べる機会を頂いた事はよく覚えている。

私は何より速力が欲しいと伝えた。
命中弾を与えても、しばし急所を外したサラマンダーは飛び続けた。
手負いはあと一歩で撃墜できるように見えた。火力もずいぶん沈黙をしたが、我々はそれを追撃する事ができなかった。
なにしろサラマンダーはM2.0を誇る。被弾で多少遅くなったとして、まだまだシンカーより速かった。

我々は、出撃の度に何機かのサラマンダーに命中弾を与えて「撃破」していた。
撃墜は文字通り墜落せしめる事を指す。撃破とは敵の交戦力を奪う事を指した。
撃破にも大きな意味がある。
そうなったサラマンダーは戦線を離脱し共和国領土に戻る。つまり帝国領土はそれ以上の被害を免れ守られるのである。
だが、逃げ帰られては何とも惜しい。
修理を済ませたサラマンダーは、再度出撃して帝国を襲うのである。国力の高い共和国は、修理対応も早かった。
もしシンカーがM2.0を出せるなら、手負いのサラマンダーを追撃する事ができただろう。
全てとは言わない。だが5から7割ほどには止めを与えていた筈だ。
この点は、国力で劣る帝国にとって最も憂慮すべき点に思えた。

 

こうして二年ほど、私は戦った。
その間、正式に海軍から空軍へと転属した。
私の他の121潜水部隊出身の戦友は、皆、土に還った。
いつしか私は准尉に昇進し、飛行隊長になっていた。

この間、様々な任務をこなした。中にはサラマンダー迎撃以外の戦いもあった。
我々の戦いは防空で、侵入する敵を迎え撃つ事であった。
それは我々が負ければ後がないという必死さ、そしてそれ故の高い士気を生んだ。
だが同時に負け戦の印象を嫌というほど味わっていた。
そんな中、一度だけ共和国領土への侵攻戦に参加した事があった。この事は一際印象に残っている。

それはレッドホーンを超える帝国新型最強ゾイド・アイアンコングの完成に伴うものであり、史上最も大掛かりな作戦であった。
アイアンコングは機動力が高く、中央山脈の山々をも軽がる突破できる。
交戦力も極めて高く、あのゴジュラスと互角に戦う強さをみせた。
それでいて操縦は容易、更に機体規模に比しては量産しやすい構造であった。
アイアンコングが150機程度量産できた時点で、帝国は共和国領土への侵攻を始めた。
全機をもって国境を越えたのである。

この時、空からコング部隊を支援する目的でシンカーは何度か臨時召集された。私の部隊も召集を受け部隊上空を飛んだ。
いつもの防衛ではない。勝てば領土を広げられる戦い。私は今までにない興奮を覚えていた。

コング部隊の進撃に気付いた共和国軍は、波のように迎撃部隊を差し向けた。
その第一陣は小型ゾイド部隊であった。ガリウス、グランチュラ、ハイドッカー。無数の小型ゾイドがコングに殺到した。
だが、コングは傷一つなくこれらを片付ける強さをみせた。上空から眺めていた我々はその光景に圧倒された。
勝利以外の未来が見えなかった。支配域の拡大、いや上手くいけばこのまま戦勝。そんな事さえ感じさせた。この時は。

次に現れたのはペガサロス編隊であった。コングは高性能ミサイルを持つから、排除する事は簡単だった。
だが、小型機程度で貴重なミサイルを撃つのはもったいない。これには我々が対応した。

ペガサロスは航続距離の関係で帝国領土上空に現れる事はほとんどない。
だがここは共和国領土内。ペガサロスの航続距離でも十分に戦える位置なのだ。
初となる対戦闘機戦。コング部隊の上空でそれは始まった。

ペガサロスは速度と運動性が高く、我々の射撃をヒラリとかわして後ろに回った。
格闘戦のできない我々は手痛い損害を出し、思いもよらぬ苦戦を強いられた。
まさか旧式のペガサロスが墜とせぬとは。

結局、途中からコングはミサイルを打ち上げた。それにより形成は逆転し、我々は何とか勝利する事ができた。
ふがいない結果に唇をかみしめた。もはや高揚した気持ちはどこかへ消えていた。
シンカーにはまだまだ課題が多い。それを知らしめられた一戦だった。

その後、中央山脈を突破したコング部隊は上空支援を切り離した。ここからは単独で戦うのだ。

この先の結果はよく知られた通りである。150機のコング部隊に対し、共和国軍は200機のゴジュラス部隊をぶつけた。
コング部隊は敗北を喫し、戦力の2/3を失い撤退した。
帝国軍は史上最大の作戦を行い、そして負けた。

 

上層部も下っ端も等しくショックを受けた。自信満々で送り込んだアイアンコングが勝てなかったのだから当然だった。
空軍は、コング部隊の敗北とシンカーがペガサロスに勝てなかった事が重なりひときわ強いショックを感じていた。

だが戦争は継続していた。感傷に浸る暇は少しもなかった。
陸軍はアイアンコングの改良や増産を進めた。並行して新型機の開発も進めた。
我々空軍は、対ペガサロス戦で勝利する為の戦術を研究した。

打開策として提示されたは、ノーマルタイプのシンカーを使う事であった。
水空両用のシンカーに久々に乗り込む。私は、懐かしいというよりギョッとした。
同時に、自分がもう航空パイロットなのだと痛感せずには居れなかった。
とにかく何もかもが緩慢だった。離陸距離は長く、上昇力は鈍くいつまで経っても上がらなかった。

なにゆえこのシンカーが引っ張り出されたかといえば、それは防御力であった。
ノーマルタイプの装甲は分厚く堅牢だった。この装甲はペガサロスの攻撃をほとんど無効化した。
我々が気をつけるべきは、エンジンやコックピットへの被弾だけであった。
あとは、撃っていれば墜とす事はあっても墜とされる事はないという寸法である。

ペガサロスが帝国領土に現れる事は少ない。
といっても、国境付近では交戦する事もある。こうした地帯にノーマルタイプのシンカーが送られ、空戦に挑んだ。
私もまた、この地に派遣され戦った。
結果は想定通りであった。つまり、装甲は敵の攻撃を防いで墜落を防いだ。

だが損害は大幅に減った一方、墜とす事も稀であった。
被弾しても大丈夫だから強引に近づく事はできた。だが攻撃に移る瞬間、ペガサロスは容易に逃げた。
なにしろ最高速度が違いすぎ、ひとたび相手が離脱に移るとどうしようもなかった。
私はこの時期、撃墜はおろか撃破すらゼロという辛酸を舐めた。
防御力に頼るだけの戦い。この戦法は、戦闘機パイロットのプライドをこれ以上ないほど傷つけた。

だが中には、そんなシンカーで華麗な戦いをみせる者もいた。
以前より帝国にこのエースありと名を轟かせていたゴードン大尉は、実に10機以上の撃墜を記録していた。
それは鈍足機で快速機を倒す見事な戦法であった。急遽として、その戦法についての講習が開かれた。
その特徴的な戦法は”ゴードンターン”と名付けられた。
習得は高い技術と勇気を要したが、我々は意地をみせて習得に励んだ。
シンカーによる対ペガサロス戦術はこうして確立されていった。

 

しばらくして、私は我々は再び空戦型シンカーに乗り換えサラマンダーを迎撃する日々に戻った。
コング部隊敗北から更に二年の歳月が流れた。その頃、私は少尉に昇進していた。
シンカーのスペックには相変わらず不満が多かった。 だが必死の努力は着実に実を結んでいた。
貴重な戦訓を糧に奮闘し、徐々に撃墜数は増えていった。未だエースには遠い数であったが。

いつしか、サラマンダーの爆撃回数が減ってきていた。
被害の多さに驚き出撃を躊躇している。我々はそう考え、奮闘を自画自賛した。
だがそれは、大いなる嵐を前にした一瞬の静寂であった。

その日、基地のレーダーは奇妙な編隊をキャッチした。
それは明らかに敵編隊だったが、飛行高度が低く3000m程を飛んでいた。
不審に思いながらも空に上がる。高度が低いのであっという間に到達した。
もはや敵の姿は視認できる。その数はいつもより4、5倍ほども多かった。

数にまかせた強引な爆撃作戦、それに違いないと思った。
低空からの爆撃は精密爆撃になる。成功を許せば甚大な被害は避けられない。絶対に阻止せねばと思った。
数は迎撃に出たシンカーよりも多いように思えた。
とにかく、まずは撃墜よりも爆撃の妨害をせねばならない。各機にその旨を通達した。

だが予想外な事に、敵編隊後方に位置していた一群が突然として加速し、一直線に向かってきた。
護衛に戦闘機型サラマンダーを作ったのかと思ったが、その予想は大きく裏切られる事になった。
また、編隊後方から動いたのではなかった。
サラマンダーと形はよく似ていたが、それは遥かに小型な機体であった。その為、位置を誤認したのである。
この機体こそシンカーの天敵となったプテラスであり、これが初めた会敵した瞬間であった。

 

(その3へ)

Back
index

inserted by FC2 system