雷神の意地


その日、エントランス湾はあわただしい喧騒に包まれていた。
おそらく、これほどのものは二度目。
誰しもが大声を張り上げ、忙しく動き回っていた。

この忙しさ。一度目は上陸作戦時だ。
暗黒大陸攻略部隊は頼もしく大地を踏みしめ、いよいよ始まった新たなる戦いに気を引き締めていた。
だが悲壮感や不安感よりも、勝ちに行く気風が強かった。
実際、新生共和国軍は強かった。
ガンブラスターはデッド・ボーダーを蜂の巣にしたし、続々開発される新型機はどれも強力だった。
暗黒大陸の攻略は順調に進んでいた。
ギル・ベイダーが現れるまでは。

ヤツは全て圧倒的だった。
巨大な飛行ゾイドであったが、最新型サラマンダー”F2”の軽快な動きをも捉えてみせた。
地上から挑んだゴジュラスは部隊ごと全滅し、ウルトラザウルスのキャノン砲も通じなかった。
あらゆる共和国ゾイドが挑み、そして散った。
作戦は進撃から撤退に代わり、何とかギルを墜とそうという努力は続けられたものの、被害が増すだけだった。

ついに今、共和国軍はエントランス湾まで押し戻されていた。
ここを失うわけにはいかなかった。ここを失えば、共和国軍は暗黒大陸での全ての拠点を失う。
それは上陸成功から2年、貴重な犠牲のもと戦い続けた事が全て無駄になる事を意味していた。
いや、それだけではない。エントランス湾を失えば、次に暗黒軍が行うのは中央大陸への上陸だろう。
それだけは絶対に阻止せねばならない事だった。

残された最後の切り札は、雷神・マッドサンダーであった。
ゴジュラスもウルトラもサラマンダーも散った。
だがマッドサンダーなら…。期待と不安を込め、生き残った兵はマッドサンダーを見上げた。

率直に言って見通しは暗かった。
それは認めざるを得ない事であった。
マッドサンダーはそもそも地上ゾイドである。飛行ゾイドとの戦いは根本的に苦手であった。
しかしそのマッドサンダーに賭けるしかなかったのである。

急遽、マッドサンダーの対ギル・ベイダー用改造プランが立案され、即座に実行された。
すなわち対飛行ゾイド用に特化すべく2足歩行に改造され、背中には対空用に必殺兵器が搭載された。
それでもなお不安はあったが、メカニックに出来る事はここまでだ。
あとは勇敢なパイロットの腕と、マッドサンダーを信じるほかなかった。

改造マッドサンダーは、グレートサンダーの愛称が付けられた。
グレートサンダーの改造が完了し訓練が実施された頃、ついにギル・ベイダー襲撃の知らせが入った。
敵地に留まり決死の偵察を続けるゴルヘックスが、忙しく動き出す暗黒軍基地を感知したのである。
これ程の規模は、間違いなくギル・ベイダー出撃の準備であった。
ゴルヘックスは偵察を続け、襲撃が4日後である事を確信した後、エントランス湾基地へ帰還した。

いよいよ全てが決まる。
生き残った兵は覚悟を決めた。
無論、マッドサンダーで勝利し、しかしその後も続くであろう苦しい戦いを生き抜く覚悟を、である。

ゴルヘックスの読み通り、ギルは4日後にやってきた。
「距離300km、M1で接近中。会敵まで15分。敵は大型1、小型が8」
相変わらず高性能なクリスタルレーダーが、はやくも敵編隊を捉える。

「ギル1とレドラー多数か…」
レドラーはサラマンダーかレイノスに相手をさせたい所だった。しかし残念ながら、もはや航空部隊は壊滅していた。
「ガンブラスター、前面に出ろ。ギルよりもレドラーを墜とせ」
わずか2機だけ生き残ったガンブラスターが、マッドの前に出る。
レドラーとはいえ、強力なミサイルを装備しており、その破壊力は侮れない。
ギルとグレートサンダーの勝負に水をさされてはたまらない。

「敵部隊、ミサイル発射!」
距離が200kmを切ったあたりで、ゴルヘックスが叫んだ。
9機の敵が合計40発のミサイルを一気に放った。
「ミサイル、高速で接近、着弾まで2分」
「射撃システムをゴルヘックスにリンクさせろ!」

戦闘開始。
今までアイドリング状態だった全機が、一斉にパワーを全開にする。
凄まじい轟音が響き渡り、ガンブラスターの黄金砲が火を噴いた。

ゴルヘックスのレーダーは同時に36の目標を追尾できる。
ガンブラスターの猛烈な射撃が、そして少し遅れてゴルヘックスの迎撃ミサイルが空を舞った。
ドカ…ッ!
青い空に紅蓮の炎が広がる。
嵐の様に発射されるビームは、次々ミサイルを撃ち落す。
だがゴルヘックス1機では限界がある。
「何発か洩れる…!」

だがその時、グレートサンダーのキャノン砲が吠えた。
放たれたビームは見事撃ち漏らしたミサイルに命中した。
「こいつにも対空レーダーはあるんだ。ゴルヘックスほどじゃないがね」
一瞬の静寂が訪れる。
前哨戦は、辛くも勝利を得た。

ミサイルを全弾迎撃された事を、敵がどう思っているかは定かでなかった。
だが敵は編隊をさほども崩さず、そのままの速度で近づいていた。

「距離50km、会敵まで2分」
さっきのは本当に前哨戦に過ぎない。いよいよだ。
「ゴルヘックスは地下へ退避」
いよいよ敵は目視出きるほどに近づいてきた。

ガンブラスターが、その砲を空に向けた。
ゴルヘックスは退避済みだ。
だがレドラー8機。2機のガンブラスターでも何とか捉えならない数ではない。

「発射!」
威力を調整し、対小型用の出力に抑えてある。
だがその分、長時間射撃を続ける事が可能だ。
先ほどミサイル迎撃でさんざ撃った直後にもかかわらず、ガンブラスターは吠えに吠えた。

「撃ち漏らすと厄介だ。何が何でも墜とせ」
もはや空は一面ガンブラスターのビームで色が変っていた。
「レドラー、進路変更!」
さすがにビームの嵐に飛び込むのはまずいと考えたようだ。
だが一時退避なのは明白だ。
「ガンブラスター、引き続き周囲の警戒を続行」

しかし1機だけ進路を変えず突っ込んでくるゾイドが居た。
ギル・ベイダーだ。
この場合、小型ゾイド用に出力を抑えていたのが仇になった。
被弾をものともせず、ギルは急加速し一直線にガンブラスターに近づいた。

「いかん、超電磁シールド!」
瞬間、ガンブラスターの全身を強力なシールドが覆った。
シールドが覆うのとどちらが早いか。
地表スレスレで急停止したギル・ベイダーが、必殺ツインメイザーを叩き込む。

シールドが貼られていたかどうかは、この場合重要でなかったかもしれない。
何故ならば衝撃でガンブラスターは揃って横転し、その戦力を無力化させたのだ。

「重機部隊、急げ!」
怒号が飛び交う。横転したガンブラスターの救助だ。だがいずれにしろ、しばらくはかかるだろう。
ギルがその機首をグレートサンダーに向ける。
グレートサンダーはどっしりとそれを迎えた。

いよいよギル・ベイダーとグレートサンダーの戦いの火蓋が、切って落とされたのである。

ふいにギルの翼が光を帯び始めた。
ビームスマッシャー。
防御体制を決めるグレートサンダー。
計算上、フル出力でシールドを貼れば、ビームスマッシャーを一度くらいは跳ね返せる筈だ。
いや、ギルはそのままこちらに向かってきた。
「直接ぶつける気だ!」

どうやら思いは相手も一緒だったらしい。
射出では防がれるかもしれない。だったら直接翼をぶつけて切り裂く。
さすがにそれは防げまい。
地獄の光輪、ビームスマッシャー。共和国ゾイドを次々切り裂いた必殺兵器が迫る。
しかしギルが大きく体勢を崩した。
空振り。
翼がぶつかる瞬間、グレートサンダーは大きく前傾し、その一撃をかわしたのだ。
直後、再び直立し、ギルを捉える。
この機動力。2足歩行の利点だ。

「喰らえ、対空爆雷!」
背中に供えられた必殺の武器が火を噴く。
低空でいまだ体勢が直らないギルを完全に捕らえる。
爆雷はチェーンで互いがくくり付けられており、一発でもギルを捉えれば、自動的に残りの弾も当たるようになっていた。
無数の爆発がギルを中心に起こり、ついにその機首が下を向いた。

「やった!」
「まだだ、ウルトラキャノン砲に耐えるヤツがこの程度でくたばるわけがない」
すぐにでもギルは息を吹き返すだろう。
その前に息の根を止める。

「マグネーザー、最大回転。背中はギルの落下点を予測しすぐさま移動しろ」
落下するギルの真下に入り、マグネーザーをフル回転させて敵を睨む。
ガシッ!
ギルの巨体がぶち当たる手応え。
「いいぞ、ビンゴだ」
「貫け!」
回転するマグネーザーがギルを穿つ。
だが次第に、それは空転音に変わっていった。
「くそっ、刺さりが浅い」
もともとマグネーザーは地上敵に対し使うものだ。マッドサンダーの大質量で押し込む事で使用する。
しかし今回は空中のギルに対し使用しているので、踏み込みが足りなかったのだ。

「生命体まで届かない…!」
「これ以上は無理だ。ここで電磁波を使用しましょう!」
マグネーザーは敵に穴を開けた後、強力な電磁波を出す事が出来る。すなわち内部から破壊するのが最大の特徴である。
「この刺さり具合で効くものかどうか…。だが賭けるしかないか…!」

マグネーザーから激しいスパークが飛び散る。
いやしかし、それは逆効果だった。
ギルが叫んだ。一瞬悲鳴に聞こえたそれは、怒りの咆哮だった。
むしろこの攻撃はギルに活力を与えたらしい。

マグネーザーを刺されたまま、翼を広げる。
「こいつ…飛ぶ気だ…!」
「まさか、こんな状態で…!」
言い終わるが早いか、ギルが羽ばたいた。
腹の下にグレートサンダーの巨体を付けたまま。

上空でギルが旋回した。
その勢いにグレートサンダーが振り落とされる。
グレートサンダーはエントランス湾の沖に沈んでいった。

瞬間、絶望が広がった。
いや、しかしギルは翼を翻し、その機首を暗黒大陸へ向けた。
その頃になってようやくレドラーが戦場に戻ってきたが、これは重機部隊の活躍でようやく起き上がったガンブラスターに狙われ、やはりその機首を暗黒大陸へ向けていた。

「やったのか…?」
ギルはその驚異的な戦闘力を見せ付けた。
だがグレートサンダーの必死の抵抗で深手を負い、これ以上の攻撃が出来なくなったのだった。

「おい、あれを見ろ!」
兵士が叫ぶ。
その方向には、ボロボロになったグレートサンダーがあった。
海面にたたきつけられながらも何とか持ち応え、ここまで戻ってきたのだ。

「雷神、万歳!」
誰かが叫んだ。
それを気に、皆が一斉に同じ言葉を叫んだ。
からくも基地は守られたのである。

ギル・ベイダーはその強さをまざまざと見せ付けた。
誰の目から見ても、マッドサンダーの劣勢は否定できなかった。
しかし迎撃する自信が沸いたのも事実であった。

こうして、本格的な対ギル・ベイダー用の新型機が誕生するまでの貴重な時間を、エントランス湾共和国基地は稼ぐ事に成功した。
この日は、雷神がその意地を見せ付けた日であった。

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