ある技術少佐の研究


私はまだゾイドの何たるかを理解していないのだと、つくづく思わずには居れない。

私はゼネバス皇帝直属の、帝国大4開発部の技術少佐を務めている。
私が開発し、数ヶ月前に実戦配備されたEMZ-12マーダは、最強の小型ゾイドとなる筈だった。

帝国近代ゾイドの始祖とも呼ばれるマーダは、当時絶望的に開きつつあった共和国との戦力差を一気に覆すべく、大型ゾイドレッドホーンと共に開発された、帝国の命運を担ったゾイドであった。
過去、共和国はガリウスはじめ近代ゾイドを多く持ち、それに抗しうる帝国ゾイドは居なかった。
その上、ビガザウロというとてつもなく巨大なゾイドの開発に成功し、その技術格差を見せ付けられたのは今でも鮮明に覚えている。

それらの発展系であるゴドスやゴジュラスが登場したのは、それから数年の後の事であった。
その時代において、帝国はまだ近代ゾイドと呼べるものを持ち得ていなかったのだ。
圧倒的性能を発揮する共和国ゾイドに対し、もはや地雷や塹壕を掘る事でしか対処できない帝国の命運はいよいよ尽きたかに見えた。
その絶望的状況下で、死に物狂いの開発が行われ、誕生したのがマーダとレッドホーンであった。

私がマーダの設計を始めた時は、まだゴドスは戦場に姿を見せていなかった。
それゆえ、開発指令では、対ガリウス用として性能が求められていた。
しかし私は、近い将来に必ず現れるであろうガリウスの後継機を予想し、つまりその後継機を仮想敵として、マーダの開発をスタートしていた。

私がこの開発において誇る所があるとすれば、ガリウスの後継機を正確に予想出来ていた事だろう。
ガリウスの後継機の予想スペックを計算し、それは表にまとめられた。
体格は性能アップの為に一回り大きくなると予想されたし、帝国の地雷に対応し対地センサーを持つ事、対ゾイド火器に対応し装甲を持つ事、最近発展が目まぐるしい航空ゾイドを警戒し対空装備も持ちえるだろう事、これらの重装備の為、最高速度は低く抑えられるだろう点。etc.…。
その数値は、実際に登場したゴドスとほぼ一致していた。
マーダはその予想スペックを元に、それに勝ち得るスペックを求め、作られたのだった。

しかし戦場に登場したマーダは、ガリウスこそ圧倒したものの、ゴドスには無残に惨敗し、どうしても勝つ事が出来なかった。
幸運だったのは、いかに大設備を誇る共和国とはいえ、膨大な数のガリウスを全てゴドスに更新するのは無理だったらしい。
戦場に登場しているゴドスの数はまだまだ少なく、戦線は随分と帝国の巻き返しを示し、そしてついに共和国を中央山脈の向こう側に押し返す事に成功した。
それゆえ、マーダの就役当時、これは最強の小型ゾイドで無敵であると豪語した私は、かろうじで恥をかかずに済んでいた。

それでも当初、私はマーダの敗北が信じられなかった。
その頃、既にゴドスのスペックの大半は、撃破した残骸などから割り出されており、そのデータがマーダ開発時に予想したスペックとほぼ一致する事は確認していた。
マーダの装甲は、高速を得る為に極限まで薄い。
だが、敵の火力であれば、少なくとも数発は耐えられるはずだった。
また薄い装甲を機動防御としてカバーする意味も含め、私はマーダに最高の機動力を与えていた。
素晴らしい瞬発力と持続力を与えた機体の最高速度は500km/hに達した。
この速度で襲い掛かるなら、ゴドスの速度から考えて絶対に対応できる筈が無かった。
その上、マーダには強力な火器を備えていたから、砲戦を展開しても優位に立てる筈だった。

試作機のテスト時に判明していなかった致命的欠陥があったのだと思った。
だが、マーダの不具合はついに見つからなかった。
マーダは純粋にゴドスに敗れたのだった。

マーダがゴドスに撃破された要因は、残骸から直ちに報告させた。
ビーム砲で貫かれる事と、キックで破壊される事が多く、この研究に取り掛かった。
ゴドスのビーム砲は口径せいぜい20mmで、計算上マーダの装甲はよほど当たり所が悪くない限りは数発は耐えられる筈だった。
キックも同様で、一発で完全に破壊されるなどあり得なかった。
そもそも、ゴドスより圧倒的に高機動のマーダが、やすやすと被弾を許すのが解せなかった。

それを研究している内、私はゾイドの奥の深さを思い知らされる事となったのだ。

ゾイドの動くエネルギー源は、油で動く地球のメカとは全く異なる。
ゾイドは体内にゾイド生命体と呼ばれる生体コアを内蔵しており、コアは生きている限り、途方も無い量の電力を常に生み出し続ける。
その電力をエネルギー源にし、ゾイドは動いている。
無論、エネルギー増幅装置やコア冷却機関、余分に発電されたエネルギーを保管するエネルギータンクなど、様々なメカはそこに連結されている。
ただあくまで、生体コアがゾイドの中核である点は揺ぎ無い。

ゾイドのビーム砲も、コアからの電力供給で放たれている。
地球の砲が砲自体の性能で威力が決まるのに対し、ゾイドの砲は乱暴に言うなら単なる筒といって良い。
それを利用し、ゾイド自身のエネルギーをチャージし、放つのだ。
従って同じ砲を取り付けても、ゾイドが違えば威力も変わってくる。

生体コアは、野性ゾイドから調達するのが基本である。
従って、どうしても多少の個体差があり、同じ工場で作られた同じ生産ラインのゾイドでも、微妙に性能が違う事は当たり前だった。
ただ私は、その点を軽視しすぎていた。
簡単に言えば、ゴドスは私が思っていたよりもずっと“活き”が良かった。
だからビーム砲の威力は、口径こそ予想できていたものの、威力はそれを上回っており、マーダの装甲を易々と貫いた。
キックも同様だろう。

そして機動力を以ってゴドスの攻撃をかわし切れない点であるが、これもゾイドゆえの要因であった。
マーダもレッドホーンも、そして現在開発中の帝国の全てのゾイドも…、レーダーを備えており、またそれと連動して敵を自動迎撃するシステムを備えていた。
これは共和国が持ち得ぬ、帝国独自の最新テクノロジーであり、未熟なパイロットでも熟練パイロットと対等に戦える画期的システムであった。
だがこのシステムこそが、私がゾイドを理解していなかった事を最も表すものであった。

共和国ゾイドはいまだレーダーすら持たぬ機体も多い。
だが彼らは、接近戦では何故か、ことごとく帝国ゾイドの位置を察知した。
機動力を生かし背後に回りこんで飛び掛っても、結果は同じだった。
それは共和国ゾイドが、レーダーを持たぬ代わりに、生体コアの“感覚”を優先する原始的なシステムを、いまだ運用し続けていた事にあった。
つまり共和国ゾイドは、レーダーという近代装備ではなく、ゾイドの“勘”に頼って戦っていたのだ。
しかしそれは強力だった。
研ぎ澄まされた野生の勘は、ことごとく圧倒的高機動を誇るマーダを何度も鉄屑に変えた。
屈辱の中でゾイドを理解し、過去に思いあがりに自己嫌悪を覚えた。

だが軍上層部の中では、マーダが損害の割には多大な戦火を挙げていた為、その性能に満足していた。
私の思いとは関係ないところで、マーダは更なる一大増産計画が立てられていた。
それはすなわち、マーダ野生体の家畜化であった。
ゾイド生産の為、いちいち野性ゾイド確保を狩に頼っていたのでは非効率なのは分かる。
確かに家畜化すれば安定した数を供給できるようになるのだろう。
しかし家畜化などしようものなら、彼らの個体としての闘争本能は衰えるばかりとなり、ゾイド本来の特性を伸ばした共和国ゾイドとは戦力差はますます広がるだろう。

危機を覚えた私は、マーダの改良に取り掛かった。
そもそも、マーダの野生体はゴドス野生体に劣らぬほど闘争本能が強い。
私はそれを押さえ制御し、様々なテクノロジーを詰め込む計算でマーダを設計した。
だがその結果は既に分かった。
今後必要とされるであろう、ゾイドの闘争本能を生かした機体へ、今まさに設計をシフトし、改造機の製作に取り掛かったのだった。

ゾイドの感覚を制御するリミッターを解除し、レーダーよりゾイド本来の感覚を優先させるようシステムを改変した。
また、リミッターを取り除き、マーダ特有の闘争本能を復活させた事で、脚部及び腕部には、巨大な格闘用のクローを備え付けた。
反面、火器は据え置きにし、過度の積載は見送った。

だが私はこれに満足しなかった。
この改造タイプが投入できる頃には、もしかしたら共和国はゴドスの更に後継機を投入するかもしれない。
それにすら勝ちうる設計が必要だと思った。
とはいえ、基本設計はマーダであったから、そこには大きな壁が感じられた。

そこで私は、いよいよ悪魔の研究に手を染める事となった。
ゾイドの闘争本能のリミッターを解除する事で性能アップが出来るなら、その闘争本能を刺激し自由に制御できる設計にすれば良いではないか。
つまりそれは、興奮剤のようなものであった。
それをゾイドに応用すべく、私はその研究に没頭した。
闘争本能を高いレベルで持続する技術のほか、コアを刺激する事で瞬間的にエネルギーを増幅させる理論も構築し始めた。

研究は一年半に及んだが、ようやく私の研究は確信を得つつあった。
コアへの刺激はゾイドを過度にストレスたらしめ、生体としての寿命を極端に縮めることとなった。
だがゾイドはとどのつまり敵に勝てなければ意味が無いのだ。
私は構わず研究を続けていた。

だが私の研究は、思わぬ所で停止をやむなくされた。
帝国軍が大部隊を率いた進撃を敢行し、無傷のゴドスを大量に鹵獲する大戦果を挙げた。
既に撃破したゴドスからその研究は進んでいたが、これを期に本格的な対ゴドス用ゾイドが開発される事となり、その見通しも明るくなった。
それゆえ、一部で囁かれていた私の研究に対する生命への冒涜という声が声高に叫ばれるようになり、ついに軍から次世代主力ゾイドはゴドスの鹵獲機から製作される事となり、マーダ改良機の製作は打ち切りとなった。
それでも私は諦めきれず、上層部に直談判をするに至っていた。

私の意見がどの程度理解されたかは分からなかった。
だが研究所の独自開発という形で、研究の続行だけは認められた。
ただし一年という期間限定でだった。

その間に制作が完成するかどうかは分からなかった。
だが私は日夜の徹夜を物ともせず、取り付かれたように研究を進めた。

だが運命は皮肉を与えた。
半年後、軍からの通達は私を落胆させた。
対ゴドス用、兼、次期主力ゾイドとしてYEMZ-22イグアンが開発を完了し、近く試作機を表すYが型番から外される。
我が研究所設備も、イグアンの量産ラインとして活用される事となり、私の研究は期日より早いが完全に打ち切りとなった。

イグアンはその実、ゴドスの大半の機構を流用したコピー改良機であった。
ただし帝国機伝統の装備をしており、ゾイド本来の闘争本能をリミッターをかけて制御し、かわりにレーダーなど最新設備で統一を図っていた。
その設備は私を完全に落胆させた。
ただ一応、最新システムである改良型マグネッサーシステムを組み込んでおり、また画期的姿勢制御機構であるフレキシブルスラスターを装備しており、その能力はゴドスの上を示していた。

だが私は思った。
この優位はほんの一時しのぎに過ぎない―――。
そう遠くない先、ゴドスは改良されるだろう。
また更に先、後継機も作られるだろう。
その時の事を読めぬわけではあるまい。
それなのに…!

結局、大増産されたイグアンは、一時的にゴドスを圧倒し、戦況を帝国優位にした。
だが程なく、ゴドスは強くなって戻ってきた。
おそらく、ゾイド本来の闘争本能を更に効率よく生かすよう、設計が見直されたのだろう…。

その後、共和国は超弩級戦艦ウルトラザウルスを作り出した。
勢いは抑えきれず、帝国はついに滅亡し、からがら生き残った兵はバレシアから暗黒大陸へ飛び去っていった。

私は基地までたどり着いたが、最後のシンカーに乗り遅れ、中央大陸に取り残された。
残された道は、決死の抵抗を試みるか、捕虜になるかだった。
そして私は、銃を自らの頭に突きつけた。

 

共和国軍が自決した技術将校を発見したのは、バレシア完全制圧完了から1時間後の事であった。
帝国は自らの亡命と引き換えに、暗黒軍にあらゆる技術提供を申し入れた。
彼の研究も、数奇な事に暗黒大陸へ運び込まれている。
ただその後、その研究がどうなったかは不明である。

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