相棒か、兵器か

いよいよ7/7からテレビアニメ「ゾイドワイルド」が始まります。
久々のテレビアニメに大興奮。楽しみで仕方がありません。

さて、放映に先駆けてメインビジュアルが公開されました。

このビジュアルはゾイド売り場や各種宣伝媒体で広く使用されています。

デスメタル帝国陣営と主人公側陣営がにらみ合っています。
何ともワクワクな構図です。 個人的にはデスレックスの対になる位置にトリケラドゴスがきているのが嬉しいです。
ティラノサウルスVSトリケラトプスというは恐竜界永遠のライバル構図だと思います。

 

さてこのビジュアル、「相棒か? 兵器か?」 という大きな文字も目立ちます。
この問いかけ、私は今のところ「両方」と思っています。

「兵器であり相棒である」というシチュエーションは当然ありえる。愛機というやつですね。
クルーガーのレイノス、サラマンダーF2、オルディオス。アーサーのブレードライガー。リッツのジェノブレイカー。
これらは戦争を遂行する兵器であったが同時に相棒でもありました。

またいくら相棒だと言っても、それが強力な砲や格闘装備を持ち破壊行為が可能だとすればそれは兵器と言えます。
否定する事は難しいでしょう。

ゾイドは生物だから合理性だけじゃなくて倫理的な側面も含めて考えなきゃいけない難しい問題でもあるのですが。

 

ただよく思うのは、そもそも兵器ってそんなに悪いもんじゃないと思うだけどなぁ……という事です。
そりゃあ時に人を傷つけるものです。破壊や崩壊を招きます。
でもだからといって「兵器は絶対悪なんだ」と言うのは違う。

「兵器があるから戦いが起るんだ」「兵器なんて無ければいい。全廃すればいい」
そんな主張を聞く事がありますが、私はそれは綺麗事であって現実を全く見ていないと思います。

仮にもし、今この瞬間世の中から全ての兵器(大型兵器から携帯可能な小型火器に至るまで全て)を破棄したとして、平和は数日しかもたないでしょう。
なぜかというと全破棄したとしても銃や爆弾などを再生産する事は簡単だからです。
もし悪いヤツがそれらを作ったらどうなるでしょうか。悪いヤツだけが武器(兵器)を持っている状態では対抗する事ができない。
結果、少数の悪いヤツに多くの人が制圧され独裁を許す事になります。

兵器とは不当な力を振り回す者から民などを守るためのものでもあります。とても重要で立派な任務です。

兵器開発は常に最先端技術が使われます。
現在身の回りにあるもの…たとえばパソコンもインターネットも携帯電話も兵器開発の副産物。
今身の回りにある多くのものは兵器開発から出来たものであり、すなわち身の回りの多くのものは兵器開発に転用できます。

もし全廃時に「兵器の再生産が不可能なようにしろ」と付随するなら、もはや身の回りの多くのものを捨てねばならぬ。中世以前の生活に戻らざるを得ないでしょう。
「そうなってもいいのか?」と言うと全廃を主張する方は大抵黙ってしまう。彼らは現在技術の恩恵は手放そうとしない。
それはしたくない。でも兵器は捨てた方が良い。そんな風に言うからおかしくなる。

兵器は捨てろと言うなら「生活水準が前時代的になっていい。便利なものは何もいらない」位言ってのけてほしい。
でも現実的に無理でしょう、そんな事。よく分かります。

だから、もはや兵器とは「ある」という前提で「どう適切に運用するのか」が重要なんだと思います。
兵器は悪なんじゃなくて、運用次第で悪にも正義にもなるものなのです。

また補足すると、先に「兵器の再生産が不可能にするなら中世以前の正確に戻らざるを得ない」と書きましたが、これは正確にいうと間違い。
ここで言う兵器とは鉄砲以降の近代的兵器を指していました。
鉄砲より前の時代には弓や剣がありました。それが兵器でした。
では鉄の精製さえ出来ない時代に戻す?
でも、その時代にだって石や棒で闘うことはできた。その時代はそれが兵器だった。
兵器とは人がそこに存在する以上、時代が変わっても必ずあるもの。ただ時代に応じてその性能が変化するだけだとも思います。

 

昨今、兵器は悪であるという描写がされがちだと感じます。
戦うことは悪しき事である、と。
そりゃあ必要以上に持ち上げるのはどうかと思いますが、悪であるとは言いすぎだとも思います。
兵器の必要性を認めて、その上でどう捉えるか・どう扱うか・どう付き合うか。
そんな描写であってほしいと思います。
「兵器はダメだ! 悪なんだ」って言うだけだと、それは片方からの意見をヒステリックに叫んでいるに過ぎないと思う。

 

この話題で思いだすのは「特攻!!ゾイド少年隊」です。

ちょうどそんなシーンがありました。
本作の第二部(2巻収録部分)は実物ゾイドで戦う構成です。
このパートでは悪いヤツが乗ったゴジュラスやデスザウラーを主人公達がシールドライガーやマッドサンダーに乗って倒します。
でも、主人公は戦うたびに傷つくゾイドを見て「こんなの違う…」と思い悩んでしまいます。ついに主人公は戦いを拒否してしまいます。


訓練に励み、そして新たなる敵発見の報を受け出撃する仲間を見てこのシーン。

主人公にとってゾイドは相棒であって兵器じゃない。だから耐えられなくなったわけです。
(※第一部の「シミュレートバトル編」では、シミュレートバトルさえ終わればすべてお終いというあくまでホビーとしてのバトルでしかなかった)

しかし仲間の言葉も届かず。主人公は出撃する事がどうしてもできない。

その後・・・、

博士はこの後「さあ行きたまえ、戦いの中でその答えを見つけるのだ」と言う。
そして…、
主人公にとってシールドライガーは間違いなく相棒。それは間違いない事だが、でも決して否定できない兵器であるという要素も受け入れ、強大な敵から仲間や愛する者を守る為にはその力が必要なんだと思い再び戦場に戻ります。


特攻!!ゾイド少年隊は、第一部シミュレートバトル編はちょっと迷走していた感じがします。
ですが第二部実機バトル編は全編通して非常にアツい展開が多い。
この描写もとても良いと思います。

 

「相棒か、兵器か」
これはどちらか一方であるというより、双方の要素をどう受け入れ・どう捉え・どう行動するか。そんなものだと嬉しいなぁ……と思います。

なお双方の要素を受け入れたうえでなら、各キャラの主観・主張として
「そうだな両方だ」
「でもやっぱり相棒だと思う」
「あくまで兵器として扱う」
など言うのは立派な意見たると思います。
(特攻の主人公も上記の経緯があった上で最終的に相棒だと言っています)

現実を知った上でなお相棒だと言うならそれは力強い。

何も知らないままただ思い描く理想を振りかざすだけの言葉は脆く危険。
でも色々な現実を知った上でなお信じる信念を貫くならとても力強い言葉になる。
この両者は全く違う。

 

でも、そうなるんじゃないかなぁと思っています。
多分ビジュアルは「ゾイドを兵器扱いする悪いデスメタルに、ゾイドを相棒とするアツい奴らが正義の闘いをする」と意図的にミスリードしているんじゃないかなぁ。
なぜそう思うかというと、ゾイドワイルドに対して現在、
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ワイルドライガーとギルラプターの両サイドにそれぞれの正義があるストーリーのため、「ギルラプター」はライバルであって「悪役」ではない、という。

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と示されているからです。

これは
ロボスタ 【続報】最新ゾイドワイルド徹底解説!ゾイドは8種!「発掘」から「復元」「必殺技」まで写真&動画で見る詳細レポート
こちらの記事から抜粋しています。

 

ゾイドは昔から正義VS悪ではなく双方に正義のある戦いをしてきました。
(初期のゼネバス帝国は悪者扱いをされていたし、それ以降も何となく帝国が割るよりで描かれているという事は確かにありましたが……)
そしてまた絶対的正義VS絶対的悪になったメカ生体ゾイド末期はそれゆえ批判されがちでもあります。
これをかんがみると、やはりゾイドワイルドは「正義VS悪」ではなく「正義VS別の正義」なんだろうと予想し期待します。
劇中では徐々にデスメタル側の主張も示され、その正義がぶつけられていくのではないだろうか。

「相棒だ!!兵器扱いは良くない。だからぶっ潰す。これは正義の戦いだ」ではなく、相手の主張をどう受け止めどう答えを出すか。そんな物語であって欲しいと思います。
そうなることを期待しています。またそうなるだろうと思っています。

一貫して「相棒だ!!兵器は良くない」だとすればちょっと辛くなるかも……。まぁ、そうはならないと思っていますが。
ただ唯一心配なのは、現在公開されている強烈過ぎるデスメタル側のビジュアルです……。
もはやホントに君らに正義はあるのかい? と思ってしまう……。
いや見た目で判断するのは良くないんですが、すごくヒャッハーしてるし……。

まぁ、何にしてもどうなるかが楽しみです。
まずは最高に楽しめる物語であってほしい。そして「相棒か、兵器か」それについても説得力のある応えがあればいいなと思います。

いよいよあと少しでアニメ開始です。

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