私と学年誌

小学館の学年誌。
私が子供の頃は、この雑誌が書店の入り口にズラリ並んでいるのがおなじみの光景だった。
小学館は、かつて学年誌を同社の看板に位置付けていた。

そんな学年誌も、時代の流れなのかどんどん休刊している。
2017年1月現在、二年生以上は既に休刊している。残るは一年生のみだ。
休刊時期は、五・六年生は2010年、三・四年生は2012年、二年生は2017年。正直、一年生もいつまでもつだろうかと不安を感じずには居れない。

 

さて、学年誌を収集している。理由は言うまでもなくゾイドが載っているからだ。
メカ生体ゾイド当時、ストーリー展開は学年誌を中心に行われていた。 最盛期には、全ての学年にゾイドが掲載されていた。
収集でゾイドの謎を解き明かしていくのは何とも楽しい。

ただゾイドを抜きにしても、学年誌というのは魅力的で楽しめる雑誌だ。
学年誌は総合誌なので、中身はまさに多彩だ。
漫画、アイドル、ファッション、 料理、おもちゃ、ゲーム、よみもの、学習ページなどなど、250ページほどの中に情報がパンパンに詰まっている。
娯楽も勉強も。男の子向けも女の子向けも。学年誌には分け隔てなく全てが入っている。

そんな学年誌。ゾイド記事以外でも、気になったものは幾つかファイリングしていたりする。
今日はその中で、自然や科学の特集ページを少しだけ紹介してみたいと思う。

 

学年誌は学習雑誌でもある。だから、科学や自然などの知識教養を目的とした特集は多い。
その構成は見事というべき質の高いもので、さすがは小学館の元看板雑誌だと関心するばかりだ。

こうした特集はお勉強的なページではあるのだが、まさに楽しみながら学べる理想的な構成をしている。また、大人が見ても凄く面白いと思えるものばかりだ。
給食の工場、チキンラーメンの開発秘話、カメラやビデオやラジオの構造、身近な生物の研究、宇宙探査の事、サバンナの今、絶滅した生物の事、クジラの事…、etc.
このように、興味深い特集がわんさかある。
紹介したい特集は色々とあるのだが、今回は2つを紹介したいと思う。

 

一つ目は、サバンナのライオンを追った記事。
動物は特集回数が多い。ライオン、トラ、ゾウ、クマ。この辺りはもちろん、ヌーやガゼルやといった地味めな動物が特集される事も多く、抜かりがないのも嬉しい。
他にも、タヌキやキツネといった比較的身近に居る動物が特集される事も多い。
今回は、先に述べたようにライオンの特集を紹介する。


-ライオンの住む草原-
アフリカのタンザニアに広がるセレンゲティ平原。
サバンナと呼ばれるこの草原を支配する自然の”掟”を、ライオンの一生を通して見てみよう。



-サバンナの草は多くの生き物を養う-
これはヌーというウシカモシカの群れだ。その数はセレンゲティ平原だけで150万頭を数える。
他にも、シマウマ、キリン、ゾウ、カバ、トムソンガゼルなど、30種類近くの草食動物が群れを作って暮らしている。
彼らは皆、雨と太陽の恵みで育った草や木の葉を食べて生きているのだ。

生まれたばかりのヌーの赤ちゃん。
出産の時期には二週間で20万頭ものヌーの赤ちゃんが生まれる。


-一瞬の隙をめがけ、ライオンが走る-
ライオンはヌーを食べて生きている。群れのそばのくぼみに身を隠し、1頭のヌーに狙いを絞る。

ライオンが走る最高スピードは時速59キロ。これはヌーの最高時速90キロに比べるとかなり遅い。
だからライオンは数頭の仲間でぎりぎりまでヌーの群れに近づき、隙のあるヌーを見つけて素早く獲物に襲い掛かる。
獲物の鼻先やのどにかぶりつき、相手の体力を落として窒息死させるのだ。
それでも、ライオンが狙った獲物を捕らえるのは5回に1回ほどの割合に過ぎない。


-鋭い爪がヌーの両肩を捉えた-
狩りで仕留めた獲物を、ライオンは1~4時間かけて平らげる。
一度に食べる肉の量は30kg近くにもなるという。
1頭のライオンのそばには約600頭のヌーが住んでいる。
このうち20頭をライオンは一年間に食べるが、毎年それ以上のヌーが新しく生まれてくるのでヌーの数は減らない仕組みになっているのだ。


”食べるもの”と”食べられるもの”のピラミッド
草や木の葉はヌーに食べられ、ヌーはライオンに食べられる風に、自然の世界は”食べるもの””食べられるもの”の関係で鎖のようにつながっている。
しかも、食べる方は必ず食べられる方よりかすが少ないので、生き物の数は右のようなピラミッドの形になる。


-母ライオンのそばで獲物を争い狩りを学ぶ-
獲物が仕留められると、それに10頭ほどのライオンの家族が群がり強いものから順に食事にありつく。
ライオンの赤ちゃんも、ケンカの強い順から肉が食べられる。
子供同士でケンカ遊びをしたり、母ライオンの狩りの仕方を見たりして、素早く狩りを覚えた子供だけが強く大きく成長して厳しいサバンナの中で生き残ってゆけるのだ。

生まれて3ヶ月ほどすると、赤ちゃんライオンは大人に負けず血のついた肉にかぶりつく。


-サバンナの最大の掟、それは…死だ-
全てのサバンナの生き物にいつか必ずやってくるもの…、それは死だ。
ハゲワシが死んだライオンから血をすすっている。
死ぬと、ライオンでさえも食べ物となるのだ。
やがて、腐った体は土に還る。そして草を育てる養分となり、その草をまたヌーが食べるのだ。

自然の力は美しく大きい

 

特集は以上。大人でも楽しめる極めて濃い特集である事が分かると思う。
「サバンナの最大の掟、それは…死だ」
小学生向けの雑誌でこう書くかというハードさに驚く。
ライオンのヒーロー的な側面を描きつつも、それに留まず自然の厳しさにも目を向け低年齢に勇気を持って伝えている事は素晴らしい。
学年誌の動物の特集は、必ずこのような教訓や考えるべきテーマが示されている。

生息数の減少・その理由として人の脅威・これからどうしていくべきかの問い。そうした事が書かれている事も多い。
お決まりの文言ではなく、真に伝わるものがある。別のゾウを特集した号では、密猟者の問題が詳しく書かれていた事もあった。
並の図鑑よりも密度の濃い特集も多い。

 

さて、もう一つも紹介しよう。恐竜の特集だ。
恐竜は人気があるので、こうしたページではおそらく最も多い回数が特集されている。


恐竜滅亡の謎
六千五百年前。それまで陸上の王だった恐竜たちは、突然死に絶えていった。地球に何が起こったのか。

…ところで、イラストの質感から気付かれたかもしれないが、これは収集した中でもかなり古い方の号だ。84年か85年の号だと思う。
若い方にとっては「昔の恐竜復元図=直立」「新しい復元図=前傾姿勢」という認識だと思う。
だが昔の直立時代の中でも、より古いものや比較的新しいものなどがある。これは、直立時代の中でも割と古い方のものだ。

80年代は、恐竜研究が一気に進んだ時代でもある。絶滅理由や生態がかなり詳しく調べられた時代であった。
この記事は、そんな時代の記事でもある。


大昔、地上は恐竜の王国だった。

二億四千万年前から六千五百万年前まで、地球上にはさまざまな恐竜たちが居た。
一億年くらい前のアメリカ大陸。肉食恐竜ディノニクスが草食恐竜テノントサウルスを襲う。

[恐竜の謎]
■本当の姿は謎だ!?

恐竜たちの生きていた時の姿は化石を復元して想像するしかない。
復元の仕方によって恐竜たちの姿は大きく違ったものになる。
トリケラトプスの顔は、筋肉の付き方で下の図のような違いが生まれる。
ステゴサウルスの背中の板も、寝かせる事ができたと考える人と常に立っていたという人が居る。

■体の色もよく分からない!?
図鑑や絵本で見る恐竜の体の色は、現在生きている爬虫類や哺乳類から想像して描いたものだ。
シマウマやキリンなどのように、体に派手な模様のあった恐竜も居たという人も居る。

■爬虫類なのに温血だった!?
恐竜は爬虫類だから冷血だったと考えられていた。
しかし、体が大きな恐竜は一度体温が上がると冷めにくく、温血に近い活動ができたと思われる。
また、ディノニクスなど一部の恐竜は温血性を獲得していたようだ。
ディノニクスには羽毛が生えていたという人も居る。

そして…、六千五百年前、恐竜たちは姿を消した。


恐竜の滅亡は、宇宙に原因が…。
”宇宙人が地球に来て恐竜たちを滅ぼした!?”
そんな、ちょっと信じられない説もあったが、最近、宇宙に原因を求める人が多くなってきた。

「隕石衝突説」
直径15キロ以上の隕石が地球にぶつかり、沢山のチリが地球を覆って太陽熱を遮り、急に寒くなり恐竜たちが死んだ。

「超新星が爆発説」
地球から近い所で星が爆発し、大量の放射線が地球に降り注ぎ多くの生物が滅んだ。

「彗星が衝突説」
隕石ではなく、彗星がぶつかった。彗星の元であるガスが気化し、地球が熱くなりすぎた。

「未知の天体がある説」
太陽の周りを長大な楕円軌道で回る未知の天体「ネメシス」があり、その引力で周期的に流星群が地球を襲い生物を滅ぼしてしまう。


その他、滅亡の原因はいろいろ考えられている。

●寒さに負けた
暖かかった地球に四季が訪れるようになった。恐竜たちは冬の寒さに耐えられなかった。

●病気になった
寄生虫やウイルスなどによる病気が流行して滅んだ。

●食べ物が無くなった
シダやソテツが少なくなり、草食恐竜が死に、草食恐竜を食べていた肉食恐竜も死んだ。

●卵を食べられた
ネズミのような哺乳類が増え、恐竜の卵を次々に食べてしまった。

恐竜の滅亡は、一つの原因では説明しきれない。
幾つかの原因が重なって滅んでしまったのだろう。

そして、哺乳類の時代が来た。


特集は以上。こちらの記事も実に良い。
今回紹介した記事は、何十とある恐竜特集の中の一つに過ぎない。この他にも、同様にディープで魅力的な特集がわんさかある。
学年誌の特集を再編して一冊の図鑑にして欲しい…。そう思えるクオリティの高い特集ばかりだ。
この内容が小学生向けの雑誌である事が改めて凄い。
内容が極めて濃い一方で、小学生が理解できるものになっているのも凄い。

恐竜特集で最もピックアップされる機会が多いのはティラノサウルス。次いでブロントサウルスなどの首が長い恐竜。次いでトリケラトプス、ステゴサウルス。次いでパラサウロロフス、イグアノドンという感じの印象。やはり、メジャーな恐竜が特集される事が多い。
だが、小型恐竜やマイナー恐竜が特集される事も少なくない。やはり多角的だ。今回の記事でも、テノントサウルスなんていうマイナーな種が登場している。
特集の方向性も、今回のような絶滅原因を探るもの、最強恐竜の秘密を探るもの、全体的に恐竜時代をみるもの、化石発掘紹介などなど、極めて多彩になっている。

 

私が素晴らしいと思うのは、むろんロマン溢れる時代に思いを馳せる事が出来る点ではある。 でもそれだけじゃない。
子供を夢中にさせる「強い」「デカい」といったワードだけでなく、学術的な面もできる限り伝えている点が凄いと思う。

様々な学説を紹介している。これが凄く良い。
恐竜好きとして、これはちょっと興奮気味に語りたい。

学説は本当によく紹介されている。この特集では、絶滅における様々な説を紹介している。
また、これは別の号だが…、

 
ティラノサウルスは最強の恐竜か? というものだが、


このような内容になっている。

例えば、ティラノサウルスはハンターだったかもしれないし、スカベンジャーだったかもしれない。その両説を紹介している。これは凄く重要だと思う。
(余談だが、この号は85年か86年の記事。ティラノサウルスの姿勢が前傾である点に注目。この時代から徐々に前傾を紹介する試みがされていた。ただしなかなか浸透せず、一気に浸透するのは93年のジュラシックパークを待たねばならなかった)

話を戻す。
色々な説を紹介するというのは重要だと思う。
私は、これと対極にある全くもって評価に値しないものがテレビの特集に多いと思う。
先日も恐竜…ティラノサウルスの特集を見ていたら、「実は走れなかった」「スカベンジャーだった」「実は鳩みたいな声で鳴いてた」「実は羽毛でこんな姿で」といった事を面白おかしく言って笑っておしまいという感じで、あーあと思ってしまった。
なんだろうな、ああいう番組は…と腹が立つやら呆れるやら。そんな風になってしまった。

もちろん全てとは言わない。ちゃんとした番組だってたくさんある。
けど、やっぱり一定の割合でそうした面白おかしく笑っておしまいな番組もある。

学説は多くある。だが、結論が出て確定的になっている事なんてほとんどない。
そりゃあそうだ。恐竜が絶滅したのは6500万年も前なんだから、そんなに簡単には分からない。
「走れる/走れない」「ハンターだった/スカベンジャーだった」なんて、結論は全く出てない。

「○○研究機関の調査により走れないと結論付けられた」なんていう情報を見つける事もあると思う。
ただしそれは、数ある研究機関の中の一つがそういう結論を出しましたというだけに過ぎない。
研究機関はごまんとあるから、中にはそのような説を唱える機関もいるというだけだ。
その説が認められ正式なものとなるのはまだまだ先の事である。多くの検証を経ないといけない。
まだ「大会への参加条件を満たしてエントリーを済ませた」だけのような状態だ。
むろん優勝する(説が認められ正式になる)可能性はあるけども、敗退する可能性だってある状態だ。
確定じゃない。

センセーショナルに「実はノロマだったんだぜ」と言って皆で笑う番組を作れば、そりゃあ面白いだろう。
でもいいのだろうか。結論が出てない事をさも出たように言うなんて…。
そういうのは好きじゃない。しかも、笑って終わりなのがバカにしてる感じがしてしまう。
恐竜好きだから、凄く悔しい。

「嫌なら見るな」というのは百も承知だ。それは分かる。 でも、恐竜をかじってる人なら、ああテレビが変な事言ってるなあと分かるからいいだろう。
ただこうした番組で「そうだったのか」と恐竜の認識が固まってしまう場合もあると思う。
それは仕方のない事だ。普段から恐竜を調べていない人なら、テレビでそのような情報を見たらそうなってしまうだろう。
よろしくない事だ。特に、子供にそれをやってしまう事はダメだと思う。

違うんだ…、と思う。そうなってしまう事が凄く悔しいんだ…。恐竜が好きだから。
大勢の視聴者に見せる為に作る番組がそれでいいのか? そりゃあ、センセーショナルな内容の方が数字は取りやすいんだろうけど……。

理想的には、色んな説を出して、更に「いずれでもない新説」が出る可能性をも示唆して、その謎を君が解けというようなものだと思う。
大いなる太古にロマンを馳せるような。
学年誌の特集の素晴らしさが改めて思われる。
少なくとも私は、学年誌の特集で恐竜への憧れを高めて謎を自分で研究してやると意気込んだ時期があった。

そうした、「俺がやってやる」という意気込みを引き出してこそナンボだと思う。
能動的にさせる何かが必要だ。能動的というのは自ら動き調べる事だ。
受動的なだけではいけない。受動的というのは聞いた事だけが全てでそれ以上が無いと言う事だ。
イマジネーションが無い。とても楽だとは思うが…。

という事で、取り乱しつつ紹介してみた。学年誌の特集は、改めて良いものだと思うばかりだ。

 

特集の素晴らしさは紹介した通りだ。そして学年誌の利点は「総合誌」という点にもあると思う。
雑多なコンテンツで構成されている。
本があるのだから、せっかくだから色んなページを読む。
学年誌250ページのうち、ゾイドが載っているのはせいぜい6ページくらいに過ぎない。でも、それで終わったら勿体無い。
他にも面白いページがないかな…と思ってパラパラとめくる。そしたら目的以外のページで目に留まるものがあったりする。
そこで興味が広がるのが素晴らしいと思う。
総合誌にのみ為せる技だ。

今は、特化した雑誌の方が売れる時代だ。まぁ、そりゃあそうだと思う。
漫画が目的なら、漫画専門の雑誌を買えばほぼ全てのページが目的のもので埋まっている。
わざわざ総合誌を買う利点は薄い。
でも、偶然の出会いと言ったらいいのだろうか…、「べつにこれが目的ではなかったのだけど、たまたま凄く面白いページを見つけた! そこから発展していった!!」という出会いもあると思う。
それはとても素敵な事だと思う。
例えば漫画が目的で学年誌を買ったのだけど、偶然カブトムシの特集が載っていたと。せっかくだから見たと。そしたら今まで気持ち悪いと思っていた虫を別の角度から見ることができてだんだん惹かれるようになった…というような。

視野を広げる意味で、やっぱり雑多なものを扱う総合誌は貴重だと思う。
あんがい、人って自分の事を分かっているようで分かっていない。
自分はこれが合ってるんだと長年思っていても、ある時ひょんな事から試してみた別のものの方がシックリ来るなんていう事もある。
学年誌のような雑多な情報が載っている雑誌は「出会いの場」というか…、色んな興味と可能性を広げる良い雑誌だと改めて思う。

小学館は、かつて学年誌を子供の成長になくてはならない本として力を入れていた。それにはこんな理由があるんじゃないかなぁ…と思う。

学年誌。私がゾイドに出合ったのはこの雑誌のおかげだった。ゾイドの記事は一番楽しみだったけど、それ以外の特集も毎月楽しみだった。
私の感性を育てたのは学年誌の素晴らしい特集の数々である事には間違いがない。その事に凄く凄く感謝をしている。

商業である以上、売れなきゃ話にならない。次々に休刊していく状況は悲しいけど、なかなか難しいんだろうなぁと思う。
ただ願わくば、小学館には子供の感性を豊かに育てる学年誌に変わる何かを仕掛けて欲しいなあと思わずには居れない。
次代の子供を育てる学年誌の血統を次ぐ何かが生まれる事を願って止まない。
そして、そこにまたゾイドが載らないかなあ…なんていう事も夢みている。

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