私のメカ遍歴

私がここまでゾイドに肩入れしている事の理由は、子供の頃の思い入れをそのまま引きずっているからだと思う。
しかしながら不思議なのは、フィクションのメカでここまで肩入れしているのはゾイドだけという事実だったりする。

ガンダムはじめ、人型ロボットは全く知らずに少年の頃を過ごした。
まぁ全くというのは多少語弊がある。
ガンダムという名前と、それが人型のロボットだという事くらいは知っていた。
ただ、知識はそこまでで、ガンダム以外の名前は知らなかった。
だからイデオンとかダグラムとか言われても、それ自体を知らなかった。
アニメは見た事が無かったしプラモデルを買った事も無かった。
唯一、友人宅でSDガンダムの大将軍というものを見せられた記憶が印象に残っているというのはあるが…。

もう少し分かりやすく当時の人型ロボットの知識水準を言うと、グレートZナイトをはじめて見た時「ガンダムだ」と思ったほど、私の知識は根本的に足りていなかった。

グレートZナイト
 Zナイトシリーズの後期における主役機で、Zナイトの改良型。
 ブルースター連邦最強の機体。
 Zナイトのトータルバランスの良さを保ったまま、重装備・重装甲化が成されている。
 その強すぎる機体性能ゆえに一時は封印されるも、最終決戦時に復活を果たし、ラスボスを打ち倒す。
 余談であるが装甲巨神Zナイトシリーズのラスボスとはキングゴジュラスである。
 全身白い高貴な姿から、KNIGHT OF WHITE-白い騎士-とも呼ばれる。

 1992年にトミーより発売。当時価格4200円で装甲巨神Zナイトとシリーズの機体としては最高価格。

Zナイトのバトルストーリーは、学年誌(小学二,三年生)で展開されていたものの、当時小四になっていた私が読んでいたのは当然小学四年生で、その存在すら知らなかった。
2つ年下の近所の友人の家に行った時、初めてジオラマストーリーを見て、そして前記したようにガンダムだと思っていた。
(奇しくもそれは最終回の号だった。キングゴジュラスがグレートZナイトと交戦し一方的に撃破されるシーンに憤慨していた記憶がある)
その知識が間違いだと気づいたのは、インターネットを始めてしばらく経った、2000年頃の事だった…。

人型兵器=ガンダムという誤った知識は、例えばWiiやPS3を見てファミコンと呼ぶ世代のそれに近いと思う。

私のメカ遍歴はかなり偏りがあると思う。

幼児期においてはプラレールとかトミカとかに夢中になっていたらしい。
まぁその辺は普通だと思う。
ただその後、小学校に上がる頃に前後し、実に渋い事に「ゼロ戦と戦艦大和」という本を見て、
旧軍に興味を持つようになった。
小学一年生にしてゼロ戦と隼は巴戦が得意であるとかそんな事を言う子供だった。

そして小学校に入ってしばらく経った1988年の中ごろ、私はゾイドに出会った。
どっぷりとはまった。
思えば決して長くは無い期間であるものの、学年誌を夢中になって読みあさった。
キットを収集し、それを買って貰うために手伝いだの勉強だのもした。
それだけで満足できず、ゾイドトランプというオリジナル玩具まで作っていた。
それは、今で言うゾイドカードのようなものだった。もちろん、出来は幼稚かったが…。

そして私の小学3年生の終わり…、91年3月にメカ生体ゾイドは終焉を向かえ、私は泣いた。

その後、Zナイトを知る事は無かった。
学年誌は継続して購読していたものの、小学四年生にはZナイトストーリーが掲載されておらず、その存在すら知らなかった。
もし仮に私の学年が一つ下だったらどうなっていただろうか… というのは多少興味がある。

ともかく、終わったものはどうしようもなかった。

小学四年生を迎えた私がゾイドの代わりにはまったのは、再び旧軍関連だった。
太平洋戦争で活躍した日本軍機や戦艦など夢中で覚えた。
思えばメカ生体ゾイドのバトルストーリーの雰囲気は第二次大戦のそれに近い。
だからこそかもしれない。

加えて、家の近所に、戦時中に航空戦艦伊勢に乗っていた人がいたり、近くに海軍航空隊の飛行場跡があったり(ただし潰されてだだっ広い畑になっていた)、防空壕があったり、そういう環境だったからというのもあると思う。
周りがそうだから色々と戦中や兵器の話も聞き、いよいよのめりこんでいた。
余談になるが戦中の話は暗い話は少なかった。
むしろ敵の潜水艦をヒラリとかわし貴重な重油を運んだ話だとか、訓練でバッターでしごかれた話だとかを寄り合いのような場で明るく話されていた。
友軍の艦が沈んだ話などもされはしたが…、どちらかというとそれでも、我が艦は健在で戦闘を継続していたとか勇ましい方向で言われていた。

今にして思えば深い部分を勘ぐってしまうが…、当時としては少年に憧れを抱かせる話だった事は確かだと思う。

ゾイドのプラモデルは玩具屋から撤去され、手に入れる術を失った。

その代わり、1/700スケールの軍艦模型…、ウォーターラインシリーズなどを作るようになっていた。

思えば実にわけのわからない小学生だと思うが、私は小学4年生から小学6年生までの間、ミッドウェー海戦で瑞鶴が参戦していれば勝っていたかもしれない…と嘆いたり、レイテ海戦で栗田艦隊が反転していなかったら…と悔やんだり、戦艦長門が水爆実験の時に凄かったと言って喜んだり、何とも渋い子供だった。

そう、例えば小学校で自分のファイルを作ろう!と図工の時間に厚紙を渡されれば、ドラゴンボールやテレビゲームの絵を描くクラスメイトを眺めつつ、戦艦大和や重巡洋艦高雄を描くような子供だった。


そして中学に入る頃、ウォーターラインシリーズに加え、1/72や1/48スケールの航空機も買うようになった。
と同時に、私にとってはじめての電子ゲームであるゲームボーイを手に入れ、私の中の娯楽に占める旧軍と電子ゲームの比率が等しくなってきた。

高校生になると比率は完全に逆転し、プラモデルを買う行為は完全に過去のものとなってしまった。
そしてセガサターンをこよなく愛するゲーマーに成り果て、ここでゲームメカの影響を少なからず受けた。
特にはタイトーのダライアスシリーズのメカ造形などが印象深かった。

ダライアス
 タイトーが誇る同社の看板シューティングシリーズ。
 80~90年代には、横スクロールSTGの御三家と呼ばれた(他2つはグラディウスとR-TYPE)。
 中ボスやボスキャラとして海洋生物を模した巨大戦艦が登場するのも大きな特徴。
 画像は、シリーズ中最高傑作の誉れ高いダライアス外伝。

そして運命が訪れたのは高校3年生の時で、それはもちろんゾイド復活であった。
高校のクラスメイトはもちろん同じ年で、その話題を出せばだいたい子供の頃好きだったとかそんな話が出てきて、そして1999年8月の再販に向け、一気に熱されていった。
再びキットに手を出した。

余談だが当時を振り返ると面白いのは、高校生ゆえの妙なプライドがあり、玩具屋でゾイドを買う際、「プレゼント用に包んで下さい…」等と言っていたのを覚えている。
今ではもう何とも思わないが…。

ただゾイド再販で嬉しい反面、メカ生体ゾイドとの違いも感じており、そこに馴染みきれなかった思いはあった。
それは子供の頃に見たメカ生体ゾイドが、自分の中であまりにも大きな存在だったから、少しでも違うものを認められなかったのだと思う。
今はもう、その事をある程度は冷静に見れるようになったつもりではあるが…、ただ当時は…、その思いは年々増して行く勢いだった。
それでもコンプリートする勢いでキットは買っていたが…、いつからか急速に冷えていった。
ライガーゼロフェニックスやブロックスゾイドを見た辺りで、当時としては見切りをつけた記憶がある。
いつしか再販ものしか買わなくなっていた。

それからしばし、ゾイドフューザーズやゾイドジェネシスは、カノンフォートなどの再販ものを除き、完全にスルーしていた。

その穴を埋めるように、再び旧軍にはまり始めた。
加え、過去においては旧軍だけの知識だったのが、一気に現代兵器にまで興味を伸ばしており、この時期に私は最新鋭ジェット戦闘機がどうとか現代戦車とは何ぞやとかを色々覚えた。

ただ、この時期は単にゾイドに見切りを付けたくて付けたのではなく、一人暮らしをはじめて余裕が無かったとか、ゲーム会社に勤めるようになり、色々な余裕が無くなっていた事が大きな要因でもあった。
キットを組む時間も、それ以前にキットを買うお金も少なく、それゆえに(ゾイドに比べれば)簡単に手に入る実在兵器関連の書籍などに目移りしていたのだと思う。

その、自分の中でのゾイド氷河期を経て再びゾイドにはまるようになったのはいつ頃だろう。
ゾイドジェネシス終了後は、ネオブロックスゾイドが発売された。
興味があったのはLBシリーズのみで、LBゴジュラスやLBアイアンコングを買って、そしてその出来の良さに驚いて、1999年以降のゾイドを見直すきっかけになったと思う。
そこから再びゾイドに戻ってきた。

そうしている内に、もう一つの転機があった。
当時のネオブロックスシリーズが展開されている頃、ゾイドの広報をやっておられたのがマスクドライガーDという方で、公式サイトにてブログを書いている他、色々なホビー関連のイベントにも出現していた。

そのブログの書き方が今までに無いほどユーザー目線で、しかもかなり面白かったので、当時は毎日のように公式ページを見ていた。
その結果それは、私を強くゾイドに引き戻す原動力になったと思う。
思えば…、ネオブロックスシリーズは、ゾイドの中では低年齢層に向けたシリーズであるにもかかわらず、ゾイドから離れかけていた自分を引き戻したのは、ライガーDの力は凄いと思う。
願わくば今一度彼に再登場願いたい所ではあるが…、まぁ、その辺は話が逸れてしまうので、今は置いておこう。

2007年、大阪で行われたホビーフェアに行き、はじめてライガーDに会って勇気を持って声をかけ、声援を送り、その後、次世代ワールドホビーフェアin大阪の時には、自分が描いたオリジナルゾイドのデザインとか(Createのオリジナルゾイド参照)、ゾイドについて思うことを率直に書いたファイル等を渡した。
内容を詳しく書くと、
@オリジナルゾイドのデザイン
@フォトレタッチによるジオラマ写真
@自作ステッカー
@年賀状(フェアは1月だった)
@ライガーDやゾイドスタッフへの手紙
というような構成だった。

スタッフへの手紙には、かなり率直な事を書いていた。
つまりそれは、当時のゾイドへの不満的な部分も大きくぶつけていた。
方向性を失っているように思え不安だとか、それらを改善するための提案だとか、そういう事もたくさん書いていた。
今読み返せばそれは、公式サイドとしてはむっとくる所もあったんじゃないかなと思える。

ただその数日後、トミーの公式ゾイドページにライガーDの新たなブログがアップされた。
そしてそれは次世代ワールドホビーフェアin大阪のレポートで、こんなものを貰ったという文と共に私の送ったファイルが掲載されていた。
画像として私が渡したオリジナルゾイドのデザインが(ファイルを上からデジカメで写して)載っていて、それに対するライガーDのコメントや、他にも「ゾイドに対するありがたい意見なんかも頂いたんやでー(彼は大阪弁である)」とかも書いてあり、勇気を持って渡して良かったなと、本当に強く思えた。

それからしばらくして、私は今の職へ転職した。
しばらくネオブロックスは停止し、その動きを見せなかった。
公式で動いているのはゾイドオンラインウォーズのみで、それには手を出していなかった。
しかしライガーDの事もあり、ゾイド熱はかつての勢いを取り戻していた。
新商品が出ない間、ショップで店頭在庫を探したり中古屋を探したりして、出来るだけ買い逃したキットを集めたりした。
そうしている内に月刊ゾイドグラフィックスが刊行され、ゾイドリバースセンチュリーが始まった。

それから少し遅れ、2009年3月にHPを開設した。
コンテンツはメカ生体ゾイドが中心ではあるものの、機獣新世紀ゾイドも取り扱うスタイルとし、コンテンツの中核にレビューを据えた。

見る人が楽しめるようなものにしたいと思うようになり、出来るだけ良い部分を探していくスタイルにしようと思った。
例えば、正直どうかと思うゾイドでも、「あまり好きでない」の一言ではなく、ある程度の文量で書き、また良い部分を見つけたいというスタイルにした。
もちろん一切の褒めで終わるというわけでなく、言いたい事は言うスタイルでもあるが…。

その中で、色々と機獣新世紀ゾイド以降の、いわゆる新ゾイドを見直す部分が出てきて、そして今に至っている。
例えばレブラプターは最初見た時に、小型ゾイドにしちゃ表情ありすぎだろとか、顔のラインが生っぽすぎるとかで一蹴していたのを、改めて見直して考える事で別の見解を出す事も出来た。

今は、もちろんメカ生体ゾイドが一番好きではあるものの、時代と共に変わってゆくゾイドも見ていきたいと思っている。

かなり偏ったメカ遍歴であると思う。
その中で最たるのは、大抵の人が通るであろう人型メカへの憧れ という道を全く通っていない事だと思う。
ガンダムシリーズではじめて見たのはガンダム00で、あぁこれは良いものだなと思った。
ただ幼少期からの思い入れがない分、私が今からガンダムに強くはまってゆく事は可能性としてかなり低いと思う。
今ではある程度はモビルスーツには詳しくなってはいるが…。

その他で見た人型ロボットアニメとしては…、高校生の時だったと思うが、深夜にやっていたバイファム13というアニメは何度か見ていた。
ただ印象としては作画の古さゆえに昔のアニメかな?と思っていたのと、飛び飛びにしか見ていなかったのでそれほどはまらなかった。
マクロス7の再放送も、深夜にたまに見ていた(バイファムと連続で放送されていた)。
ただマクロスに関しては、メカといえば飛行形態の方しか見ていなかったような記憶がある…し、これもまた全話でなく飛び飛びにしか見ていなかったので
それほどはまらなかった。
その他では…、比較的最近、コードギアスを見た事くらいだろうか。

徐々にこういった人型メカも見ていく事になるんだろうなと思う。
ガンダムシリーズも、もしかしたらファーストからキッチリと見るかもしれない。
ただその中で、私はやっぱりゾイドを追いかけてゆくんだろうなとは、確信的に思う。

私が人型ロボットモノのアニメにはまらなかったのは何故だろう。
そう、人型ロボットは、テレビアニメを武器にして攻める。
それは学年誌よりもはるかに強いと思える。

アニメは好きだった。
それこそ、ドラゴンボールは毎週欠かさず見ていた。
放送曜日の水曜は朝からドキドキしていた程に。

思うに人型ロボットのアニメを見ていなかったのは、それらの放送時間にあると思う。
調べてみると、だいたい土曜に夕方5時とかから放送時間が多い。
小学生の頃は、土曜の夕方なんていうと友達と山の中を走り回っていた。
そこに原因があるのだと思う。
私の育った地域はド田舎だが、そういう環境がそうしたのだと思う。
娯楽は夕食以降に見るテレビか、唯一買ってもらえる雑誌の学年誌だった。
そしてそこに載っているメカがゾイドだった。

例えば人型ロボットをゾイドより先に見ていたとしても、その後にどこかのタイミングでゾイドを知ればはまっていたとは思う。
ただ、今のように強烈にか?と問われると自信が無い。
そういった特異な環境にあったからこそ、フィクションメカとしてはゾイドだけを知り、そしてそれだけを見るようになったのだと思う。
そして今はそれに感謝したいと思う。

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